感謝の気持ち 年間第28主日(ルカ17・11~19)

重い皮膚病はイエスの時代では、治ることが難しく、差別的なものもありました。「重い皮膚病にかかっている患者は、衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、『わたしは汚れた者です。汚れた者です』と呼ばわれなければならない。この症状があるかぎり、その人は汚れている」(レビ13・45)と言われるほどです。すなわち、重い皮膚病にかかったことは、死を宣告されたようなものでした。その病気が治るのは、当時としては奇跡のようなものです。そんな背景の中で、十人の重い皮膚病の人がイエスに何とかしてほしいという切なる思いが伝わってきます。「声を張り上げて」や「わたしたちを憐れんでください」というのは、その気持ちがよく描写されています。

必死に願う彼らの要望にイエスは応え、彼らは祭司の所へ行く途中で病気が癒やされていきます。当然のことながら、十人ともイエスの所へ行って感謝の言葉を述べるのが、本来的かもしれません。ところが、感謝の言葉を述べていくのは、一人のサマリア人だけでした。他の九人のユダヤ人たちは、感謝の言葉を表わすことがありませんでした。

サマリア人とユダヤ人とはどんな状況にあったのでしょうか。紀元前724年、サマリアはシャルマナサル五世の軍によって攻撃され、二年後に陥落。さらに二年後(紀元前720年)、サルゴン二世は住民をアッシリアに連行し、サマリアはアッシリアの属州になっていきました。またバビロン捕囚後、エルサレムを中心とするユダヤ人とサマリア人との間に隔たりができ、サマリア人はゲリジム山に自分たちの神殿を築きました。こうしたことから、ユダヤ人とサマリア人との間には敵対関係が生じていきます。同時に、サマリア人に対して、「外国人」という表現が使われるようにもなりました。

敵対関係にありながらも、感謝するサマリア人。ユダヤ人とは対照的に、彼らの謙虚な、また新鮮な信仰が目に浮かんできます。

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