身近いるラザロという種 年間第26主日(ルカ16・19〜31)

私たちは時々、助けを必要な人を見て「あの時、声をかけてあげていたら」とか「もう少し関わることができたのではないか」、と後悔することがあるのではないでしょうか。このような気持ちは、何となく後口が悪さが残ってしまいます。そのような時、イエス様は、私たちに「わたしは、ここいるよ」と言われているのかもしれません。

きょうのみことばは、『金持ちとラザロ』の譬え話の場面です。イエス様は、この譬え話の前に「不正な富を利用して、友人を作りなさい」(ルカ16・9)と弟子たちに話されました。これはイエス様が、「この世の財産を使って、貧しい人に施しなさい」と言われていることでした。しかし、ファリサイ派の人たちは、イエス様のこの言葉を聞いて、あざ笑います。イエス様は、彼らに「あなた方は、人々の前で自らを正しいとしているが、神はあなた方の心を知っておられる。人々の間で尊ばれるものは、神の前では忌み嫌われるものである」(ルカ16・15)と言われます。

イエス様は、ファリサイ派の偽善的な心を警告するために『金持ちとラザロ』の譬え話をされたようです。彼らは、このイエス様の「譬え話」を聞いてどのように思ったのでしょうか。「自分たちのことを言われている」と反省した人、逆に、「金持ちが救われないのはおかしい」と思った人もいたかもしれません。

イエス様は、「ある金持ちがいた。彼は真紅の着物や柔らかい亜麻布の服を着て、毎日贅沢に暮らしていた。」と話し始めます。この金持ちが着ている「真紅の着物や柔らかい亜麻布の服」というのは、王や王侯貴族が着ているものでしたし、さらに、毎日贅沢に暮らせるほどの財力があったということでした。イエス様は、ファリサイ派の人々に、まさに「この金持ちはあなた方ですよ」と言っておられるのです。

この金持ちと対照的なラザロは、金持ちの家の門前にいて、体中にできものがあり、貧しく、金持ちの食卓からこぼれ落ちるもので、腹を満たそうとしていました。ラザロは、金持ちが着ている「真紅の着物」の代わりに「できもの」が体を覆っていました。金持ちが「贅沢な生活をしていた」代わりに、彼は「金持ちの食卓からこぼれ落ちるもの」で腹を満たそうと願っていました。この「食卓からこぼれ落ちるもの」というのは、もしかしたら「残飯」のことだったのかもしれませんし、カナンの女性が言う「子犬のも主人の食卓から落ちるパン屑を食べます」(マタイ15・27)の「パン屑」のことを言っているのかもしれません。ちなみに、この「パン屑」と言うのは、私たちがパンを食べる時に落ちるパン屑ではなく、食事の時に口や手についた料理の油やスープなどを、パンでぬぐっていたもので、今でいうなら、ティッシュペーパーのようなものです。

もしかしたら、ラザロは、金持ちの食卓からこぼれ落ちるものでお腹を満たすこともできず、ユダヤ人から忌み嫌われていた「犬」が寄ってきて、彼のできものを舐められていたのです。ラザロは、どのような気持ちで自分の人生を振り返っていたのでしょう。空腹、貧困、そしてできものの痒さ、痛さ、そればかりか、自分に寄ってくるのが犬という屈辱だったのです。もう、これ以上の「どん底」はない、と思われる状態です。もしかしたら私たちの周りにも、学校や職場でいじめられ、無視される人、悪い事だと知りながら生活のために犯罪に手を染める人、親から虐待を受ける子、自分は救われるに値しないと思う人、生きる希望を失った人など、ラザロのような方がいるかもしれません。

さて、このラザロは死にみ使いによって、アブラハムのふところに連れていかれ、また、金持ちも死に陰府に落ちて、二人の状態は逆転します。ラザロは、「アブラハムのふところ」という安らぎと慰めの場所に、しかし、金持ちは、「指先から滴るわずかな水さえも与えられず、炎の中で悶え苦しむ」状態でした。アブラハムは、金持ちの叫びに「わたしたちとお前たちの間には大きな淵がある。」と応えます。陰府は、アブラハムでさえもどうすることができない場所なのです。この譬え話では、ラザロは一言も話すことはなく、ただ、「金持ちの食卓からこぼれ落ちるもので、腹を満たしたいと願っていた」という【願い】を抱いていただけでした。一方金持ちは、陰府に落ちてからアブラハムに自分の状態を嘆き、自分を責めて、まだ生きている自分の兄弟の心配をします。彼は、此の期に及んでも、【自分たち】の救いしか考えることができないのです。

アブラハムは、「モーセや預言者たちに耳を傾けないなら、たとえ、誰から死者の中から生き返っても、彼らはその言うことを聞かないであろう」と言われます。イエス様はこの節で、「本来大切な『聖書』をないがしろにしている人は、たとえ復活した人(イエス様ご自身)が何を言っても無駄である」と言われているのでなはないでしょうか。

私たちは、きょうのみことばを味わいながら、私たちの身近にいる【ラザロさん】に手を差し伸べることができたらいいですね。

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