いつも準備しておく 年間第19主日(ルカ12・32~48)

もう三十年近く前の話ですが、ある友人の司祭が助任司祭であった時のことです。その教会は信者の数も多く、毎日慌しい生活でした。早朝のミサ、病人訪問、大人と子どもの要理など…。連日、とても忙しくて日曜日の説教を準備する暇がありませんでした。

時間も差し迫り、「次の日曜日にどんな説教をしようかなあ…?」と。そんな時、自分の書棚を見ると、森一弘司教様が書かれた日曜日の説教集が目に止まりました。「そうだ、この本を日曜日の説教に使おう。たぶん信者たちは読んでいないだろうなあ…」という気持ちで、さっそく使うことにしました。

いよいよ日曜日の朝。少しくらいアレンジすればよかったのですが、それはとても正直で素直な助任司祭。ほぼ文字通り、あたかも自分が準備し、作ったかのような感じで説教しました。信者の反応はと言えば、もっぱらその本を読み、説教していくのが精一杯だったので、信者たちの表情を見る余裕はありませんでした。ともかく日曜日の説教が終わってほっとしました。

さてミサが終わった時のことです。信者たちに挨拶するため教会の外に立っていたら、一人の信徒がつかつかと寄ってきて、小さな声で「神父さん、今日の説教は森司教さんの本を使ったでしょう」と言われてしまいました。助任司祭は「あー、バレてしまった」と思いました。信徒たちはいろいろな本をちゃんと読んでいるのだなあと実感。それ以来、他の方が書いた説教集を参考にしても、棒読みするようなことはしなくなったそうです。

日常の忙しさに追われていると、ついつい準備を疎かにしてしまいがちです。「あなた方も用意していなさい。思わぬ時に、人の子は来るからである」(ルカ12・40)という言葉を、肝に銘じたいものです。

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