私の召命 小川孝志修道士

聖パウロ会への召命は一枚のパンフレットでした。全世界にパウロ会があり、活発に活動している様子が、そのパンフレットから感じられた。

当時、まだ学生で田舎暮らしの私にとって「パウロ会はスゴイ」と思った。そのパンフレットをじっと見ていると「行ってみたい」と思った。これが私にとってパウロ会への召命だったかもしれない。「パウロ会の創立者は誰で、どんな活動しているのか」皆無だった。また、知人もなく「ただ行ってみたい」という簡単な気持ちだったような気がする。

人会してみると、それぞれ皆さん召命は「将来は神父になりたい」「パウロ会の発展に一生を掉げたい」など一人一人が素晴らしい考えを持っていた。私は「一枚のパンフレットだけに惹かれ」具体的な考えもなく、当初、入会したことに反省ばかりでした。しかし、祈りや勉強や共同生活は辛いとは感じなかった。

そして、長い年月が過ぎ去った。修練期を過ぎ誓願期に入った。そのうち、楽しかった共同生活が「イヤ」になって人間関係がうまくいかない時期もあった。また、健康状態が思わしくないこともあり、何回も「退会」の二文字が頭に浮かぶようになった。マエストロや長上の神父さんに相談をしても「頑張れ」「がんばれ」の二言で、あまり納得のいく返事は得られなかった。

そんな時期に一人静かに神に祈った。「神に賛美と感謝」ではなく「どうして、こんな私を招いたのか?」「このままここに居ていいの?」など自問自答を繰り返した。かなり、神さまに「愚痴」をこぼしたが、神さまからは即座に返事はこない。

ある日、突然、「そんなに心配するな」「人生の旅路だからいろいろある」と気持ちが湧いてきた。これは神さまからの返事だったような気がします。神が心を強くするため、「試練」を与えたのでしょう。また「自分の十字架を背負って、私に従いなさい」との聖書の言葉がいっそう励みになった。

小笹の時代。福岡修道院では「召命」の話が多かった。そして「将来パウロ会のために一生を賭けたい」など熱烈な人がいたが、小笹修道院が移転する頃には、熱い思いを語る人が少なくなり、志願者も途絶えてしまう。また、「自分の子を鍛えてくれ」「家で悪い事ばかりするので、ここで更生させてくれ」など、召命の意味を履き違える状態になってしまったような気がする。

あるプロテスタントの牧師が「召命の体験もなく」「信仰体験もなく」神学校を卒業してひとつの教会を持った。しかし、本人に「信仰体験」がなく「祈る」体験がないので、信徒に「実り」を与えることがなく、教会は閉鎖してしまった、という話を聞いたことがある。

私たちにもこれに通じるものがある。「自分の召命を育てなければ」「自分の信仰を育てなければ」この道は険しい。

あなたにオススメ