聖ヨハネ・ブレブーフ 聖イザーク・ジョーグ司祭と同志殉教者

教会は、10月19日に、聖ヨハネ・ブレブーフ、聖イザーク・ジョーグを含む8人の殉教者を記念します。彼らは、みなフランス人イエズス会士で、17世紀前半に北米大陸の五大湖近辺の地域に住んでいた先住民たちへの宣教に努めた末、殉教した人々です。

15世紀末にヨーロッパ人がアメリカ大陸の存在を知って以来、15世紀は南北アメリカ大陸に多くのヨーロッパ人が移住しました。彼らは、先住民たちと交流、交易をしましたが、しばしばそれは抑圧、略奪、武力による侵略をも引き起こしました。さらに、ヨーロッパ諸国は、アメリカ大陸においてもその勢力争いを繰り広げました。しかし、ヨーロッパからは多くの宣教師たちもアメリカ大陸に赴き、この地で福音を広めようと努めました。

現在のアメリカ合衆国とカナダにまたがる五大湖近辺の地域には、イロクワ族、ヒューロン族といった先住民が住んでいましたが、フランスから派遣されたイエズス会士たちのグループが17世紀の前半に彼らに対する宣教に取り組みました。彼らは、言語、文化の違いに苦闘しますが、ほかの宣教地でもイエズス会士がそうしたように、先住民の言語を学び、彼らの文化、伝統、慣習を尊重し、溶け込もうと努めました。こうして、ヒューロン族を中心に次第に福音を受け入れ、洗礼を受ける人が現れ始めました。

ところが、まさにこの時期、1640年ごろから、ヨーロッパ諸国の思惑も絡んで、異なった国々に後押しされた先住民族同士の争いが激しくなっていきます。中でも特に勢力を伸ばしたのがイロクワ族でした。彼らは、好戦的であり、敵対者に対して残虐でした。こうして、イロクワ族によって、ヒューロン族はついに壊滅してしまいました。この抗争が勃発してからも、イエズス会のグループは非難することなく、宣教活動を続けていきます。こうして、時には戦闘に巻き込まれ、時には種々の災難の責任をなすりつけられた末に、彼らは捕らえられて、拷問を受け、殉教をしました。

イザーク・ジョーグ神父は、1642年に死の危険にさらされましたが、逃げ延びて、いったんフランスに帰国した後、1644年に再びカナダに渡り、1647年10月18日オッセノン(現在のアメリカ合衆国オーリスヴィル)で殉教しました。また、ヨハネ・ブレブーフ神父は、1649年3月16日にカナダで殉教しました。ほかの6人の殉教者たちもすべて1642年から1649年にかけて、この地域で殉教しました。

聖ヨハネ・ブレブーフ、聖イザーク・ジョーグと同志殉教者を荘厳に記念するミサでは、マタイ福音書28・16-20が朗読されます。この個所は、復活したイエスがガリラヤで11人の弟子たちにお現れになり、弟子たちに宣教の使命を与える場面であり、マタイ福音書の結びでもあります。出現の場所が「山」(28・16)であり(山は典型的な神の顕現の場)、弟子たちがイエスを見て「伏し拝んだ」(28・17)と記されていることから、イエスの神性が描き出されていると言えます。これは、イエスの言葉の中にも示されています。「わたしは天においても地においても、すべての権能が与えられている」(28・18)。天から地に至るまで全世界を支配しておられる神の権能を今やイエスが持っておられるのです。また、最後の言葉、「わたしは代の終わりまで、いつもあなた方とともにいる」(28・20)は、1・23でイザヤ7・14を引用して説明されていたイエスの神秘を示しています。「『見よ、おとめが身籠って男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる』。この名は、『神はわたしたちとともにおられる』という意味である」。つまり、今やイエスは、「わたしたちとともにおられる神」を体現する方なのです。

今や神として、しかも世の終わりまでどこまでもわたしたちとともにいてくださるイエスの神秘から、このイエスに従う弟子たちの使命が引き出されます(28・19の「それ故」)。つまり、「行って、すべての国の人を弟子にしなさい」(28・19)。そして、「父と子と聖霊の名に入れる洗礼を授け、わたしがあなた方に命じたことを、すべて守るように教えなさい」(28・19-20)という使命です。

マタイ福音書の結びにあたるイエスのこの言葉は、聖ヨハネ・ブレブーフ、聖イザーク・ジョーグと同志殉教者たちに限らず、15~16世紀にかけて、新しい世界が存在することがヨーロッパ人に知られていく中で、多くの宣教師たちをその地に駆り立てていったものであると言えるでしょう。それにしても、彼らのほとんどは宣教の難しさに直面します。キリストの教えはなかなか先住民に理解されません。むしろ、彼らはしばしば命の危険にさらされます。マタイ福音書28章のイエスの簡潔な言葉に反して、その実現には長い期間にわたる忍耐強い歩みが必要とされます。にもかかわらず、彼らが最後までイエスの言葉に忠実であり続けることができたのは、やはり「あなた方とともにいる」(28・20)と約束されたイエスを生き生きと感じ続けていたからでしょう。

今も、このイエスの言葉は実現したわけではありません。すべての人がイエスの弟子になったわけではありません。日本においても、キリスト者の数は増えていません。殉教者たちの時代と違って、大きな迫害はありませんが、宣教が難しいことには変わりありません。だからこそ、今もわたしたちはイエスがともにいてはたらいておられることを生き生きと感じ続ける必要があるのです。そのための取り次ぎを殉教者たちに願いたいと思います。

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