75. 第二バチカン公会議に出席――マスコミの先駆者アルベリオーネ神父

アルベリオーネ神父は、第二バチカン公会議の議員として招待され、一九六二年十月十一日から一九六五年十二月八日まで公会議に出席した。公会議が、まだ半分空席の時から議席に姿を現し、短白衣をつけて拡声機の下の席にすわり、みなのかげにでも隠れるかのように謙遜な態度を保っていた。それでも会議に出席した諸修道会の総長たちや枢機卿や司教たちは、この謙遜な神父に目をとめ、にこやかに挨拶した。

公会議の前のミサに潜心してあずかり、ロザリオをつまぐっていた。会議の間は人の意見を静かに聴き、時々メモをとっていた。

一会期と次の会期の間には、いつも数名の司教たちが席を立って、総会長たちと歓談していた。「広報機関に関する教令」が草案された時、教皇ヨハネ二十三世の意見聴取に応じてアルベリオーネ神父も自分の意見を述べたので、神父の意見も、この教令の中に反映されているはずである。

その草案は、何回も公会議員たちによって討議、修正、加筆、削除された。そして広報機関に関する教令が議題に上った時、アルベリオーネ神父は、相変わらず静かに聴きながら参加した。教令の内容は、アルベリオーネ神父自身がすでに半世紀前から実践してきたものであったから、これが教会の公認をえたことは、神父にとっては、パウロ家の使命が公認され、何千万の味方をえたにも等しかった。 アルベリオーネ神父が公会議に出席して、祈りと沈黙の行為を示したのは、教会と人びとに対する愛の現れであった。

一九六三年十二月四日に「広報機関に関する教令」が発布された。この教令で教会は「これらの(広報)機関が正しく活用されるならば、それは人類にとって強力な支柱となることを」(二条参照)認める。それは、「それらの人びとの憩いと教養のために、また神の国を広め堅固にするために、大いに貢献するところである」(同二条参照)からである。また同教令の三条に「カトリック教会は、すべての人に救いをもたらすために、主キリストによって設立され、福音を宣布する義務を帯びている。したがって、救いの知らせを説くために広報機関を利用すること、人びとにこれらの機関が、キリスト教的教育と救霊に関するすべての教会活動にとって必要または有益であり、あらゆる種類の広報機関を使用し、また所有することは、教会のもつ当然の権利である」とある。

アルベリオーネ神父は、この三条と同じ精神を自分の創立した聖パウロ修道会と聖パウロ女子修道会の特殊目的とし、それを会憲の中に明記させていたのである。そして実際には、出版に限らず、映画、放送、レコード、カセットなどの事業を、みずから率先して始め、福音の宣布、キリスト教的教育及び救霊に力を尽くしたのである。

広報機関教令が署名された翌日、アルベリオーネ神父はこう書いている。「私たちの使徒職である刊行物使徒職は、種々の情況に応じ、全教会の義務として認められ、賞賛され、規定された。つまり聖座も、司教団も、修道会と在俗の聖職者たちも、全信徒も出版、ラジオ、映画、レコード、テレビジョンなどの最も迅速で、最も現代的なすべての手段を使って、この使徒職をしなければならない。公会議をこの結論に導いた聖霊は賛美されますように。どうか、荘厳に発せられたこの命令にみんなが従うようにしてください」と。

・池田敏雄『マスコミの先駆者アルベリオーネ神父』1978年

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