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結び――ソーシャル・ネットワーク・コミュニティーから人間共同体へ(5/5)

この「キリストのからだと肢体」の隠喩は、「ソーシャル・ウェブ」が、「肉と骨における出会い」、すなわち他者のからだ、心、目、まなざし、呼吸をとおして織りなされる出会いを補完するものであることを示していると、教皇は述べます。

そして、「ネット」がこのような出会いを継続するもの、あるいはこのような出会いを準備するものとして用いられるなら、「ネット」はみずからを裏切ることなく、コミュニケーションのための資源となると述べ、いくつかの具体的な例を取り上げて説明します。

真の「ネット」とは、対話、出会い、微笑み、ふれあい……に道を開くものです。罠にはめるためにではなく、自由にするため、真に自由な「ペルソナ」たちの交わりを大切に守るためにあるものなのです。

しかし、勘違いしてならないのは、直接に出会っておこなわれる出会いも自動的に真の人間的出会いであるわけではないという点です。「ネット」だけでなく、さまざまなかたちでなされる出会い、コミュニケーションはすべて、真の出会いを補完するものなのであり、真に人間的な共同体を造り上げるために方向づけられなければならないのです。

最後に、教皇は、教会自体も聖体的交わりによって織りなされた「ネット」(網)であると述べます。そこでは、つながりは「いいね!」によって成り立つのではありません。聖体的交わりのうちにある真理によって、つまり「アーメン」によって成り立つのです。この「アーメン」によって、それぞれが、他の人々を受け入れながら、キリストのからだに一致するのです。

(終)

本記事について

この記事は、2019年5月26日(日)に聖パウロ修道会若葉修道院で開催された、「第53回『世界広報の日』記念講演会『わたしたちは、互いにからだの一部なのです』(エフェソ4・25) ソーシャル・ネットワーク・コミュニティーから人間共同体へ」(講師:澤田豊成神父)を要約したものです。全5回。
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