• HOME
  • 記事
  • コラム
  • 2つの隠喩:「ネット」と「共同体」――ソーシャル・ネットワーク・コミュニティーから人間共同体へ(2/5)

2つの隠喩:「ネット」と「共同体」――ソーシャル・ネットワーク・コミュニティーから人間共同体へ(2/5)

教皇は、上述のように、インターネットやソーシャル・ネットワークのポジティブな価値を認めたうえで、しかし規模や影響力の大きさ、また新しい領域であるからこそ生じるリスクについて指摘します。

それは、事実や人間関係に関する偽りの情報、誤解、曲解などが錯綜し、その結果、信頼関係をゆがめたり、壊したりしてしまうこと。また、情報(特に、個人情報や行動に関するデータなど)の独占(「GAFA」〈=Google、Apple、Facebook、Amazon〉はその典型と言えるでしょうか)、その政治的、経済的利用とその影響、人権侵害、誹謗中傷、差別など。

そのうえで、教皇はインターネットが潜在的に持つポジティブな力を再発見するために、2つの「メタファー」(隠喩)に目を向けるよう招きます。

第一の隠喩は、その呼称に使われている「ネット」(網)です。元々、インターネットは知識や情報の共有のために開発され、世界中に張り巡らされ、相互を結びつける網という意味で、「インターネット」と呼ばれるようになりました。教皇は、まずこれに注目します。「網」を構成する一本、一本はしばしば細く、一本だけでは支えることはできません。

しかし、何十、何百、いやそれ以上の線が結び目で交錯しながらつながれていくとき、でき上がった「網」は安定し、強度を持つようになります。そこには、中心的存在も、階層的構造も縦型組織もなく、全部の線が参加し、交じり合うことによって成り立っています。

教皇は、これを人間に当てはめ、「共同体」という第二の隠喩を取り上げます。共同体も、そのメンバーが信頼の感情によって生かされ、目的を共有したうえで追い求め、一体的で、連帯している度合いにおいて強くなるからです。共同体がこのような連帯的な「ネット」、「網」となっていくためには、言葉に責任をもったうえで、相互に耳を傾け合い、対話をすることが不可欠です。

(続く)

本記事について

この記事は、2019年5月26日(日)に聖パウロ修道会若葉修道院で開催された、「第53回『世界広報の日』記念講演会『わたしたちは、互いにからだの一部なのです』(エフェソ4・25) ソーシャル・ネットワーク・コミュニティーから人間共同体へ」(講師:澤田豊成神父)を要約したものです。全5回。
【特集記事一覧】ソーシャル・ネットワーク・コミュニティーから人間共同体へ

あなたにオススメ