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「ソーシャル・ネットワーク」の価値――ソーシャル・ネットワーク・コミュニティーから人間共同体へ(1/5)

今年の「世界広報の日」の教皇メッセージのテーマは、「ソーシャル・ネットワーク・コミュニティーから人間共同体へ」です。これを読み解くための聖書の言葉として、エフェソ書の「わたしたちは、互いにからだの一部なのです」(エフェソ4・25)が取り上げられています。

教皇メッセージを読み深めるうえで、最初に気をつけるべき点は、メッセージの性格上、「ソーシャル・ネットワーク・コミュニティー」の危険性や問題点が指摘されているからといって、また、テーマが「ソーシャル・ネットワーク・コミュニティーから人間共同体へ」だからといって、インターネットやソーシャル・ネットワークとそこに生まれる「コミュニティー(=共同体)」そのものをネガティブにとらえてはならないということです。

教皇は、これらが持つ絶大な価値とその貢献度、秘めているポジティブな可能性を、その問題点を挙げる前に指摘し、また繰り返し強調しています。

「ネットワークは現代の資源です。それは、過去には考えも及ばなかった知識とかかわり合いの源です。しかし、……」。
「インターネットが知識にアクセスする途方もない可能性を示すのであれば、……」。
「ソーシャル・ネットワークは、一方ではわたしたちがより密接に結びつき、互いを認め、助け合うために役立っていますが、他方では……」。
「ネットワークは他者との出会いを促す機会となりますが、……」。

今や、「今日のメディア環境は日常生活の領域と区別できないほどに広がっています」。「ソーシャル・ネットワーク」を日々の現実の人間関係から区分することはできないのであり、今や「ソーシャル・ネットワーク」はわたしたちの現実の欠かすことのできない一部なのです。

ポジティブなものと考えているからこそ、「インターネットが用いられるようになった当初から、教会はつねに、人と人との出会いと、あらゆる人の連帯のために役立つその活用を促進してきました」。このメッセージも、「こうした複雑な状況の中で、インターネットの肯定的な可能性を再発見するために」記されているのです。インターネットは潜在的にポジティブな力を秘めているのであり、それを再発見するためにこそ、このメッセージが書かれたということです。

(続く)

本記事について

この記事は、2019年5月26日(日)に聖パウロ修道会若葉修道院で開催された、「第53回『世界広報の日』記念講演会『わたしたちは、互いにからだの一部なのです』(エフェソ4・25) ソーシャル・ネットワーク・コミュニティーから人間共同体へ」(講師:澤田豊成神父)を要約したものです。全5回。

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