聖霊を感じるという種 聖霊降臨の主日(ヨハネ14・15〜16、32b〜26)

きょうの典礼は、「聖霊降臨」の主日です。以前、ある方に「三位一体の神の中で、どの方が好きですか」と尋ねたことがあります。その方は、「私は聖霊が好きです。」と答えてくださいました。私たちは、おん父やイエス様に対してはなんとなくイメージが出ますが、「聖霊」に対しては、「これが『聖霊』です」と説明しづらいものです。

聖書では、聖霊を「聖霊が鳩のように目に見える姿で」(ルカ3・21)、「天から激しい風が吹いてくるような音が起こり、……炎のような舌が分かれ分かれに現れ、1人ひとりの上に留まった。」(使徒言行録2・1~3)とありますように「鳩」「風」「炎」というようにやはり「聖霊がこのようなお方」とはっきりしていません。しかし、私たちは聖霊の働きを信じていますし、何となくでもありますが、「あっ、聖霊の働きだ」と感じることがあるのではないでしょうか。私たちにとって【聖霊】とはどのような方なのでしょう。振り返ってみるのも良い黙想になるかもしれませんね。

きょうのみことばは、「最後の晩餐」の中でイエス様が弟子たちに「おん父が聖霊を遣わしてくださる」という約束をされる場面です。みことばは「あなた方はわたしを愛しているなら、わたしの掟を守るはずである」という言葉から始まっています。また、イエス様は弟子たちに「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る。」とも言われます。イエス様は、弟子たち(私たち)に対して「あなた方は」とか「わたしを愛する者は」というようにご自分が【主語】ではなくいつも【私たち】が主語となっています。これは、イエス様がご自分の愛を無理強いされない、ということではないでしょうか。私たちは、イエス様が私たちを愛してくださっていることは知っています。それでもイエス様は、「私を愛しなさい」とは言われません。あくまでもイエス様は、ご自分を「愛する」か「愛さないか」は私たちに任せてくださっているのです。

イエス様は、ご自分のことを「愛しているなら、わたしの掟を守るはずである。」と断定されます。イエス様は「互いに愛し合いなさい。わたしがあなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい。」(ヨハネ13・34)という【掟】をくださいました。この中でも「愛する」ということがキーワードとなっています。イエス様は、私たちが周りの人たちを愛する時に、ご自分を愛していることと同じです、と言われているのではないでしょうか。

イエス様は、続けて「わたしも父にお願いしよう。そうすれば、別の弁護者を遣わして、いつもあなた方とともにいてくださる。」と言われます。イエス様は私たちが「互いに愛し合う」という掟を守る時、「弁護者(聖霊)」をおん父を通して遣わしてくださると言うことを約束されます。今、私たちはこの「聖霊」をいただいています。聖霊だけではなく「おん父」も「イエス様」も私たちの中におられるのです。私たちは、愛する人といつもそしていつまでも一緒にいたい、という思いを持っています。それと同じように三位一体の神も私たちといつまでも一緒にいたいと思っておられるのです。

パウロは「キリストがあなた方のうちにおられるなら、体は罪の故に死ぬことになっても、受けた救いの義の故に、霊はあなた方の命になっています。」(ローマ8・10)と言っています。パウロは「命であるイエス様が(ヨハネ11・25)私たちの中におられるなら、同じく聖霊も私たちの中で『命』」となって私たちを生かして下さると言っているのではないでしょうか。さらにパウロは、「神の霊によって導かれる人は誰でもみな、神の子なのです。」(ローマ8・14)と言われます。聖霊は、私たちの中で「命」となり、私たちが「神の子となるように、導いて下さるお方」なのです。

イエス様は「父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊、その方がすべてのことをあなた方に教え、わたしが言ったことをすべて思い起こさせてくださる」と言われます。また、「その方は自分勝手に語るのではなく、聞いたことを語り、起ころうとしていることを、あなた方に告げて下さるからである。」(ヨハネ16・13)とも言われます。聖霊は、私たちにイエス様のことを思い起こさせるだけではなく、さらにイエス様の言葉を私たちに伝えてくださいます。

私たちは、空気を見ることはできません。しかし、頬に当たる風や木々の葉が揺れる時、そこに空気の流れが風となって動いていることを知ることができます。同じように言葉も目で見ることはできませんが、相手からの「言葉かけ」によって優しい気持ちになったり、癒されたりすることがあります。イエス様の掟である「互いに愛し合うこと」というのも目に見えませんが、愛の行いを通してお互いの中に暖かさや喜びを感じるのではないでしょうか。聖霊は、私たちが互いに愛し合うとき、優しい言葉かけをするとき、そんな時に働き、私たちを愛で満たして下さるお方といってもいいでしょう。私たちは、日常の生活の中で【聖霊】の働きを感じることができたらいいですね。

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