側におられるという種 主の昇天(ルカ24・46〜53)

私たちは、愛する人がいつも身近にいると感じる時、安心します。私たちにとって昇天したイエス様は、たとえ肉眼では見えなくても私たちの側におられると感じられるのではないでしょうか。改めて、【昇天】されたイエス様を感じてみてもいいかもしれませんね。

きょうのみことばは、イエス様が昇天される場面です。私たちは、【主の昇天】に続き【聖霊降臨】を迎えます。ミサの福音は、この二つの典礼の準備のために「弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊」(ヨハネ14・26)とか「わたしは去っていくが、あなたの所に戻ってくる」(ヨハネ14・28)というようにイエス様が弟子たちの前から離れていくこと、そして、聖霊が降るということを伝えます。平日のミサの中でも同じような福音が朗読されます。一方、第一朗読では、『使徒言行録』が朗読され、使徒たちがみことばをイスラエルだけではなく異邦人の土地にまで宣教していく様子が読まれます。イエス様は、【主の昇天】と【聖霊降臨】を通して、みことばを人々に証しするために必要なものを私たちに伝えようとされているのではないでしょうか。

きょうのみことばの1節前に「イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて」という言葉が書かれてあります。この言葉は、これからイエス様が弟子たちに大切なことを伝えるために、愛を持って彼らの心を開かれたとも言えるのではないでしょうか。イエス様はこれから、弟子たちへの【使命】と【使命を遂行する】ために必要な助け手である【聖霊】をくださること、そしてご自分がおん父ともとに戻られることを示されます。弟子たちが頭ではなく、心でそのことを受け入れることができるようにご自分が彼らの心を開かれたのでしょう。もしかしたら、イエス様は、私たちに対してもこのように開いてくださっているのかもしれません。

イエス様は、「『メシアは苦しみを受け、3日目に死者の中から復活し、その名によって罪の赦しへ導く悔い改めが、エルサレムから始まり、すべての民に宣べ伝えられる』。あなた方はこれらのことの証人である。」と言われます。弟子たちは、何度もイエス様の「受難と復活」について聞かされていましたし、今まさに復活されたイエス様に出会っています。イエス様は、ご自分の【受難と復活】を弟子たちが証人となって全世界の人々に伝えるという【使命】を授けられます。そして、もう一つ大切な使命である「罪の赦しへ導く悔い改め」の証人となることを加えられます。この「罪の赦しへ導く悔い改め」という箇所は、ルカ福音書の特徴と言ってもいいでしょう。例えば「わたしが来たのは、正しい人のためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」(ルカ5・32)とか「このように、悔い改める1人の罪人のためには、悔い改めの必要のない99人の正しい人のためよりも、もっと大きな喜びが天にある」(ルカ15・77)、そしてさらに『放蕩息子』(ルカ15・11〜32)の喩えで話では、息子の回心とおん父のいつくしみの愛、赦しが表されています。イエス様は、これらのみことばを弟子たちに伝えられ、おん父が人々を「罪の赦しへ導く悔い改めが、エルサレムから始まり、すべての民に宣べ伝えられる』」ことの【証人】となるようにという【使命】を与えられたのです。

イエス様は、弟子たちにこのような大切な【使命】を与えられますが、それにあたって【聖霊】も同時に約束されます。私たちは、弟子たちと同じようにこの【使命】を与えられています。しかし、私たちの力だけでは限界がありますので、聖霊が助けてくださるのです。弟子たちもそのことは、感じていたことでしょう。さらに、イエス様は、このことを弟子たちに伝えられた後に彼らを祝福されます。みことばは、「……両手を上げて彼らを祝福された。そして祝福を授けられながら彼らから離れ、天へと上げられて行かれた」とあります。みことばの中の「祝福を【授けられながら】彼らから離れ」とありますように、この【祝福】今も私たちに継続さしているのです。それは実際に、私たちがミサの最後に司祭から派遣の祝福をいただきますが、それと同じではないでしょうか。

【主の昇天】は、イエス様が天に上げられて弟子たちの前から姿を隠されるということではなく、天に上げられていつも彼ら(私たち)とともにおられるということを祝う「祝日」と言ってもいいでしょう。ルカ福音書は、主の昇天で終わっていますが、同じルカが書いた『使徒言行録』では、主の昇天から始まっています。このことは、私たちが使徒としてこれから歩んでいくということを示しているのではないでしょうか。私たちは、イエス様の「受難と復活」さらにおん父のいつくしみの愛の表れである「罪の赦しへ導く悔い改め」を人々に伝えるという【使命】をイエス様から与えられました。同時に私たちは、助け手である【聖霊】の力をいただき、いつも側にイエス様をおん父からいただいたのです。私たちは、きょうのみことばを深めながら、イエス様からいただいた【使命】を果たすことができたらいいですね。

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