「いいね」という種 復活節第5主日(ヨハネ13・31〜33a、34〜35)

私は、フェイスブックやツイッターの他にいくつかのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)をしています。そのようなSNSには、投稿した人に「いいね」というリアクションを返す機能が付いています。また、自分の感想をコメントとして投稿し、お互いの意見交換ができます。イエス様は、「互いに愛し合いなさい。」と言われます。私たちは、一人ひとりの中におられるイエス様に「いいね」とできれば豊かな信仰生活ができるかもしれませんね。

きょうのみことばは、イエス様が弟子たちに【新しい掟】を授ける場面です。典礼では、もうすぐ『主の昇天』が近づいてきます。イエス様は、目に見える形では弟子たちとお別れすることになり、彼らに対してこの【新しい掟】は一つの遺言と言ってもいいかもしれません。もちろん、みことばの中では、『最後の晩餐』ですからイエス様は、ご自分が十字架で亡くなる前に弟子たちに対しての「遺言」ともなります。

きょうのみことばは「さて、ユダが出ていくと、イエスは仰せになった。」という言葉から始まっています。ユダは、イエス様が復活の栄光を受けるために大切な役割をするために出かけて行きます。使徒言行録でペトロは、「兄弟のみなさん、イエスを捕らえた者たちの手引きをしたユダについて、聖霊がダビデの口を通してかねて語った聖書の言葉は成就されなければならなかったのです。ユダはわたしたちの仲間の一人に数えられ、同じ奉仕の務めを授かっていた者でした。」(使徒言行録1・16〜17)と人々に語っています。この後、マチアが使徒たちの中に入るのですが、ペトロの言葉の「同じ奉仕の務めを授かっていた者」という中には、ユダの役割ということが意味されているのではないでしょうか。

イエス様は、ユダが出て行った後に「今こそ、人の子は栄光を受けた。」と言われます。ユダの行為は、イエス様が復活の栄光を受けるために必要だったのです。もちろん、復活の栄光を受けるためには十字架上での死も含まれています。イエス様の栄光とは「死と復活」なのです。イエス様は、「神もまた人の子によって栄光をお受けになった。……神もご自身によって人の子に栄光をお与えになる」と続けて言われます。「十字架上での死、そして復活」は、イエス様が私たちの贖いのためにしてくださいましたが、イエス様の言葉は、【おん父】もご一緒にこの【栄光】お受けになられています。

 私たちは、「十字架上での死、そして復活」をイエス様が主役として考えていますが、その中には、おん父も一緒に十字架上での死を苦しまれていたのではないでしょうか。イエス様とおん父は、三位一体の神ですから共に苦しまれ、そして復活の栄光に与られたのです。この時のおん父は、おん子であるイエス様に栄光をお与えになるという苦しみは、どのようなものだったのでしょう。イエス様は、「しかも、すぐにお与えになる。」と言われます。このことは、おん父のご計画がもうすでに準備が整っているということなのでしょう。イエス様の「死と復活」は、ご自身だけでは成就することができず、ユダの働き、おん父の働きがあって初めて行われたと言ってもいいのではないでしょうか。

イエス様は、「わたしは新しい掟をあなた方に与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい。」と言われます。レビ記の中に「お前の隣人をお前自身のように愛さなければならない。」(レビ19・18)と書かれてあります。ユダヤ人たちは、たぶんそれまでもこの掟を守っていたのでしょう。しかし、イエス様はそれにプラスして「【わたしがあなた方を愛したように】、あなた方も互いに愛し合いなさい。」と言われています。イエス様の愛は、ご自分の命を差し出して私たちを贖ってくださったのです。イエス様はご自身が身をもって【新しい掟】を実行されたのです。きょうのみことばにはありませんが、イエス様は「わたしがあなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し合うこと、これがわたしの掟である。友のために命を捨てること、これ以上の愛を人は持ち得ない。……あなた方はわたしの友である。」(ヨハネ15・12〜14)と言われます。イエス様は、私たち一人ひとりを【友】と呼ばれ、私たちのために命を捨てられる、という【愛】のお方なのです。

イエス様は、「わたしがあなた方を愛したように」と言われます。私たちは、イエス様のこの【愛】をどのくらい感じ、触れているでしょうか。私たちは、イエス様の【愛】を感じ、触れ、体験することによって、互いに愛し合うことができるのではないでしょうか。私たちが互いに愛し合う時、そこにはイエス様もおられます。イエス様の愛は、お互いだけに留まることなく、その愛をいただいた人がまた他の友のために愛を与え、さらに広がっていきます。イエス様は「それによって人は皆、あなた方がわたしの弟子であることを、認めるようになる」と言われます。私たちが【愛の連鎖】を広げることは、私たちがイエス様の弟子としての使命を果たすことではないでしょうか。私たちは、私たちの中にも隣人の中におられるイエス様に「いいね」とお互いにできたらいいですね。

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