70. 四つの在俗修道会を創立――マスコミの先駆者アルベリオーネ神父

アルベリオーネ神父は、聖パウロ会に協力する在俗修道会を四つも創立した。この点でも今日「信徒使徒職」を強調した第二バチカン公会議を、アルベリオーネ神父は先取りしたとも言えよう。

彼の創立になる在俗修道会は、「聖マリア・アンヌンチアータ会」(独身の女性のため)*と、「大天使聖ガブリエル会」(独身男性のため)と、「司祭なるイエス会」(教区司祭のため)と、「聖家族会」(夫婦のため)である。

*「聖マリア・アンヌンチアータ会」は、2007年3月25日、日本でも発足。

以上の在俗修道会は、一九六○年四月八日にパウロ家の事業として教皇庁から認可された。在俗会員は清貧、従順、貞潔の修道誓願を立てるが、特別の修道院に入って共同生活をするわけではない。

同神父が在俗修道会を創立した趣旨は、こうである。修道院の規則にしばられ、おまけに修道服を着ていれば、どうしても活動範囲が制限されてしまう。一般人の服装をさせ、細かい規則でしめつけず、本人の自主性にまかせて信心させておけば、のびのびと新聞記者にも映画俳優にも歌手にも事務員にもなれるし、その他のサービス業にもつける。

生計は自分たちの労働で立て、だれにも依存しない。もちろん、聖パウロ会の管区長の責任において、在俗修道会員らの精神のめんどうを見、必要とあれば一時的に財政的な援助もする。だからといって聖パウロ会は、この人たちを利用することはしない。たとえ聖パウロ会関係の仕事をしていただくことになっても、聖パウロ会は一般の人びとと同じ待遇の給料、保険費、ボーナスなどを出し、ごうも犠牲とか無料奉仕を要求しない。ただ在俗会員らがアルベリオーネ神父の精神を体得し、心をこめて各自の務めを果たし、それぞれの生活態度を通してキリストの救いのメッセイージを、まわりの人に伝えてくれればよい。いいかえれば、キリスト教的精神と道徳観を現代的方法で普及させ、個人や社会生活を向上させることにより、人類に道・真理・生命であるイエス・キリストを示し、与え、教会に間接的にでも奉仕、協力してくれればよい。

アルベリオーネ神父のビジョンは、自分の創立した修道会と在俗修道会とが一つにまとまった大きな軍団となって、神に身をささげつつ、教会のため、社会のために直接にか間接にかマス・コミを通じて、布教することである。いうなれば世間で職をもつ独身男女も、教区司祭も、夫婦も、それぞれの職場で、それぞれの個性・持ち味を、じゅうぶん生かしながら、キリストのメッセージを伝えることができる。この人たちに統一的に組織づけようとしたのがアルベリオーネ神父であった。

在俗会員たちは、各自の給料を出し合って、仲間同志で係りを決め、共同生活を営む。場合によっては共同生活もせずに在俗会員となることができる。一年間の修練を共同で行ったのち、誓願を立て、自己の聖化に励みながら、ありとあらゆる職場に散らばり、何らかの形で善業をし、間接的に布教する。すなわち、在俗会員は教会、修道院、会社、学校、官公庁、工場などで働くにせよ、とにかくアルベリオーネ神父の精神を受け継いで、マス・コミ布教を手伝って行くのである。アルベリオーネ神父は、この在俗修道会についてこう述べている。

「在俗修道会は、現代の必要に応じて新しい必要に充分応えている。在俗修道会は、道・真理・生命である師イエスのうちに、神の国の実現と発展に、より効果的な方法で協力したいと望んでいる若い人びとに光と愛の新しい道を開いている。」

以上、アルベリオーネ神父によって創立された五つの在俗修道会、それに協力者会をも、ひっくるめて、「パウロ家」(Familia Polina)と呼ぶ。これらは同じ創立者によって誕生したばかりでなく、各時代に順応した、より迅速でより効果ある手段を用いて、神の栄光と人びとの救霊のために働くという共通の目的に結ばれ、相互に助け合い、補い合っている。アルベリオーネ神父は、「パウロ家」について、こう述べている。

「私たちの修道会が多いことは主のみ旨にかなっている。それゆえ“キリストの愛が、私たちを一つに集めた。……私たちは一つに集められたので、私たちの心を分かたれないように注意しよう”。すべて聖ひつから生まれた私たちは、相互に緊密な親類関係に結ばれている。イエス・キリストに生き、教会に仕えること、これが私たちの唯一の精神である。

私たちのうちには、聖パウロ家族全体のために聖ひつのみ前で祈る者(師イエズス修道女会)、キリストのみ教えを広める者(聖パウロ修道会と聖パウロ女子修道会)、各個人を導いてゆく者(善い牧者修道女会)がいる。これらの間には精神的、財政的に緊密な協力がある。聖パウロ家族の各修道会には、統治上および行政上の分離はあるが、その間には血のつながり以上に高貴な愛の親しいきずながある。

聖パウロ家族修道会は、それぞれ独立しているが、そこには多くの方法で祈りと援助の交換が行われている。活動は分離しているが、喜びと苦しみは、ともに分かち合い、また、永遠の報いも分かち合うだろう。」

そしてアルベリオーネ神父は、自分のことを家族の父と呼ばせず、使徒聖パウロを父と呼びなさいと勧め、また同神父の解釈によるとパウロ家全体は、道・真理・生命であるキリスト全体を表し、パウロ的信心の全体を表し、神秘体の姿を最もよく表している。

言うまでもなくパウロ家の諸修道会間の関係は、まず信仰という動機をもとにして始まったのであり、経済的な利害関係を越えた、兄弟姉妹の永遠の生命のまじわりである。

・池田敏雄『マスコミの先駆者アルベリオーネ神父』1978年

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