トマスの指 復活第2主日(ヨハネ20・19~31)

復活第二主日は、別名「神のいつくしみの主日」と呼ばれ、「いつくしみ(ミゼリコルディア)」は「憐れみ」を意味します。確かに集会祈願には「いつくしみ」ではなく「憐れみ深い神」になっています。

今日のみことばの前半は、イエスが弟子たちに現れる場面です。印象的なのは、「あなたがたに平和があるように」という表現が3回も出てきます。イエスが弟子たちの表れる場面とトマスに現れる場面です。この平和は、単に心の安らぎだけではなく、弟子たちが世に打ち勝つことを示唆するものです。

その後イエスは弟子たちに「息を吹きかけ」ます。それは神がアダムにいのちの息を吹き入れた(創世記2・7)ように、彼らにも復活の恵みよって新たないのちの息が注がれたことを感じます。弟子たちも今までとは違う新鮮な恵みを感じとったでしょう。この息吹は、ヨハネ福音書の「聖霊降臨」とも呼ばれ、彼らが新たな道のりを歩み始めた時です。

またトマスはイエスの復活が信じられず「この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」と主張します。イエスは「あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい」と言います。この場面を描いた絵があり、わき腹に触れているものもあれば、触れていない絵もあります。例えば、触れている作品は、(キリストのわき腹に4本の指を入れている)スビアコの聖ベネディクト修道院のフレスコ画、420年ごろの4連象牙板(大英博物館所蔵)。触れていない作品は、6世紀のラヴェンナの聖アポリナーレ・ヌオヴォ教会のモザイク、1200年ごろのギリシアのダフニ修道院の聖堂のモザイク。
さてあなたはどちらの作品を信じますか? それともこの話題には「触れない」?

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