年間第8主日(2019年3月3日)福音書のメッセージ動画

昨今の事件で浮かび上がるのは
愛という土台の大切さ。

私は何を人生の土台として生きているだろうか?

神の愛を土台として何も恐れなかった
パウロの信仰宣言を思い起こす。

※司教様のお話はルカによる福音書6章43節~49節についての内容です。

ルカによる福音書 6章39節~45節
そのとき、イエスは、弟子たちに一つの喩えを語られた、「盲人が盲人を道案内できるだろうか。二人とも穴に落ちないだろうか。弟子はその師に勝るものではない。しかし、誰でも十分に修業を積めば、その師のようになる。兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ、あなたの目にある丸太に気づかないのか。自分の目にある丸太を見ずに、どうして、兄弟に向かって、『兄弟よ、あなたの目にあるおが屑を取り除かせてくれ』と言えるだろうか。偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除けなさい。そうすれば、はっきり見えるようになり、兄弟の目にあるおが屑を取り除くことができる」。
「善い木は悪い実を結ばず、悪い木は善い実を結ばない。木はそれぞれその実によって分かる。茨からいちじくは収穫できず、野ばらからぶどうは摘めない。善い人は、心にある善い倉から善い物を出し、悪い人は、心にある悪い倉から悪い物を出す。口は心に溢れることを語るものである」。

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