離見の見 年間第7主日(ルカ6・27~38)

敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい」と語るイエス。これを実行するのは簡単なことではありません。

2000年の「大聖年」に種々の行事が行われましたが、私自身にとって感動的だったのは、当時の教皇ヨハネ・パウロ二世が3月12日、バチカンの聖ペトロ大聖堂で、ユダヤ人や異端者、女性や先住民たちなど、教会の過去の過ちについてゆるしを願ったことです。その中で「私たちはゆるし、そしてゆるしを願います」という内容のメッセージ。まず私たち自身が他者をゆるし、その次にゆるしを願うものでした。私たちは往々にして他人がゆるしてくれたので、ゆるすケースが多いのでしょうが、まず私たちがゆるすことから始めるのです。何も遠くのことではなく、身近なことからの回心を問いかけてくれた教皇のメッセージでした。

以前、「家庭の友」にいつも村松英子さんが執筆してくださっていました。女優として舞台に立たれたり、皇室関係のテレビ番組では、よくナレーターのお仕事もなさっています。自宅を訪問した時、「初心忘れるべからず」という名言を語った世阿弥の「離見の見」という言葉の意味を教えてくれました。この言葉は『花鏡』に出てくる言葉で、「演者の『我が眼の見る所は我見(がけん)なり』。つまり自分だけの眼で独りよがりにならないように。それには『見所』(観客席)から見るつもりで我が身を見よ」というものです。「前後左右、四方八方」、さらには「上からと下から」見られているつもりでとのことでした。女優としての仕事や舞台に立つ厳しさを教えられた気がします。

「敵」と言えば、私たちは往々にして一つの視点から見ている場合が多いように思います。ちょっと視点を変えてみれば、見えるものを違ってくるでしょう。世阿弥が教えてくれた「離見の見」。この言葉は、「敵を愛する」ヒントを提供してくれます。

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