イエスが共にいてくださる 主の昇天(ルカ24・46~53)

主イエスが昇天することによって、弟子たちには寂しさが漂っていたことでしょう。長い間、弟子たちはイエスに叱咤激励されながらも歩んできただけに、指導者がいなくなる寂しさがあります。しかし、主の昇天には人間の別れとは違うものが感じられます。そこには喜びを伴う前向きなものです。「わたしは、わたしの父が約束されたものをあなた方に送る」(ルカ24・49)とイエスは語ります。「父が約束されたもの」とは聖霊を意味するでしょう。イエスは昇天して、地上から離れていきますが、私たちと行動を共にする聖霊を約束されます。そこには私たちに対する神の恵みが感じられます。

今日の最後の箇所の表現がとても印象的です。「弟子たちはイエスを礼拝した後、大きな喜びのうちにエルサレムに帰った。そして、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた」(ルカ24・52~53)と。イエスが地上を離れて昇天し、弟子たちだけ残されて、本来なら寂しいはずなのに、「大きな喜び」「神をほめたたえる」という表現はとても面白いものです。弟子たちは、聖霊の恵みが降る喜び、イエスが共にいてくださる確かさを感じ取っていたことでしょう。
今年の三月三十日(水)の午前六時頃、聖パウロ女子修道会のシスター・アニエスマリア・本村タミ子さんが帰天いたしました。平塚修道院を訪問すると、いつも部屋の準備をしたり、親切に対応してくださったシスターで、おもてなしの心を持っていました。十数年間ガンを患っていましたが、その雰囲気はいっさい感じさせず、人のために尽くすことに心がけていました。いつも共にいる姿勢を貫かれた方で、亡くなった後も、そば近くにいるような感じがします。イエスもまた、そんな雰囲気を…。

主の昇天による別れという寂しさはありますが、それ以上に、聖霊の力強い恵みやイエスが共にいてくださる喜びが、今日のみことばには感じられます。

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