聖霊と共にという種 主の洗礼(ルカ3・15〜16、21〜22)

私たちにとって【洗礼】とは、いったい「何」なのでしょう。洗礼の秘跡は、生まれてすぐに洗礼を受ける「幼児洗礼」と、自分の意思を持って何かのきっかけで神様を求めて洗礼を受ける「成人洗礼」と2つあります。私は、前者の方で生まれてすぐに洗礼の恵みをいただきました。物心ついた時には、両親とともにミサに行き、何の疑いもなく神様を信じていました。ただ、小学校の時一度だけ「どうして周りの友達は遊んでいるのに、僕だけ日曜日に教会に行かなければならないの」と母に質問をしたことがあります。その時の母の困った顔を見た時、「あっ、聞いてはいけないことを聞いていしまった」と思った記憶はなんとなく覚えています。

幼児洗礼を受けた人の何人かはこのような疑問を持った人もいるのではないでしょうか。洗礼の恵みは消えませんが、人によっては重荷になっている人、または、洗礼を受けたことを忘れ、意識の外に置いている人もいるかもしれません。きょうの典礼である「主の洗礼」を通して改めて【洗礼】の恵みをいただいたことを振り返ることができたらいいですね。

きょうのみことばは、イエス様が洗礼者ヨハネから洗礼を受ける場面です。イエスラエルの民は、メシア(救い主)が来ることを何千年も前から待ち望んでいました。そして、洗礼者ヨハネが現れて人々に、罪の赦しへ導く悔い改めの洗礼を宣べ伝えているのをみた人たちは、当時の宗教的指導者に無い特別な何かをヨハネに感じ取ったのでしょう。それは彼が「らくだの毛の衣をまとい、腰に皮の帯を締め、蝗(イナゴ)と野蜜を食物としていた」(マタイ3・4)というエリアを思わせる姿をしていたからでした。

そんな思いに気づいたヨハネは、「わたしは水で洗礼を授けるが、わたしよりも力がある方が来られる。わたしはその方の履き物の紐を解く値打ちもない」と人々に伝えます。当時の奴隷は、主人の履き物の紐を解いていました。しかし、洗礼者ヨハネは、自分はその役もできないほどの者である、と言っています。ここに洗礼者ヨハネの深い謙遜の姿が現れています。彼のもとに集まった人々の中には、洗礼者ヨハネを師と仰ぐ人もいたようです(ヨハネ1・35〜36)。人々から慕われ、何人かの弟子を持つ洗礼者ヨハネは、謙遜さを徹底して生きていました。

さらにヨハネは「その方は聖霊と火で、あなた方に洗礼をお授けになる。」と言います。ここでも彼は自分が授ける洗礼が【水の洗礼】に対して、後から来られる方は神の霊である【聖霊】とさらに【火】を持って洗礼を授けるということを人々に伝えます。パウロは、「『ヨハネは悔い改めの洗礼を授けて、自分の後からおいでになる方、すなわちイエスを信じるようにと、民に告げたのです』……パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊がその人々の上に降り、異言を語ったり預言をしたりするようになった。」(使徒言行録19・4〜6)と伝えています。パウロは、【聖霊】による【洗礼】の力のすばらしさを伝えています。

さて、洗礼者ヨハネが人々に洗礼を授けている所にイエス様が来られます。洗礼者ヨハネはどのような気持ちになったのでしょうか。マタイ福音書には「わたしこそあなたから洗礼を受けるべきです。あなたが私のもとにおいでになったのですか」(マタイ3・14)とあります。洗礼者ヨハネは、かなり困惑した様子がマタイ福音書から感じとられるのではないでしょうか。それでも洗礼者ヨハネは、イエス様に洗礼を授けています。このことが彼の使命だったからなのでしょう。パウロは、「このイエス・キリストがわたしたちのためにご自身を捧げられたのは、すべての咎からわたしたちを贖い、善い業に励む民をご自分のものとして清めるためです。」(テトス2・14)と伝えています。パウロはまず、イエス様が洗礼者ヨハネからの洗礼を通してご自身を私たちの咎を贖うためにおん父の使命を忠実に果たされことを伝えているのでしょう。

イエス様は、洗礼をお受けになられ祈られます。イエス様は何を祈れたのでしょう。イエス様は、「十字架上での死と復活」というおん父からの使命について祈られたのではないでしょうか。そんな時、聖霊が鳩のような目に見える姿でイエスの上に降り、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者」という天からの声がします。パウロは、「神は、この聖霊をわたしたちの救い主イエス・キリストを通して、わたしたちの上に豊かに注いでくださいました」。(テトス3・6)と伝えています。

私たちは、「聖霊と火」による【洗礼】の恵みをいただいています。私たちは、イエス様と同じようにおん父から「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者」と言われているのです。私たちは、イエス様と共に歩む使命をいただいていますが、自分だけの力ではできるものではありません。聖霊は、私たちの弱さを助けてくださいます。私たちは、聖霊に助けていただき、聖霊と共に歩んでゆくことができたらいいですね。

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