祈りの中で 主の洗礼(ルカ3・15~16、21~22)

主の洗礼について、マタイ福音書、マルコ福音書、ルカ福音書に登場しますが、ルカ福音書には他の福音書にはない味わいがあります。

ちょっと長い引用になりますが、マタイ福音書では「イエスは洗礼を受けると、すぐに水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった」(3・16)、マルコ福音書では「イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。水の中から上がるとすぐ、天が裂けて霊が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった」(1・9~10)、ルカ福音書では「民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開け、聖霊が鳩のようない目に見える姿でイエスの上に降って来た」(3・21~22)と記されています。

ルカ福音書を中心に味わってみると、イエスだけでなく民衆も洗礼を受け、イエスの祈りの姿がとても印象的です。それは他の福音書には見られない特別な味わいではないでしょうか。

この場面に限らず、ルカ福音書には祈りの場面がよく描かれています。十二人の弟子を選ぶにあたり、「イエスは祈るために山へ行き、神に祈って夜を明かされた」(6・12)とか、ペトロがイエスのメシアについての信仰告白をする前でも「イエスがひとりで祈っておられたとき、弟子たちは共にいた」(9・18)と記されています。さらに主の変容にあたり「イエスは、ペトロ、ヨハネ、およびヤコブを連れて、祈るために山に登られた」(9・28)とあります。祈りの中でも感動的なのは、イエスのオリーブ山での祈り、つまり「ひざまずいてこう祈られた。『父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。わたしの願いではなく、御心のままに行ってください』」(22・41~42)と。

こうした祈りに関する箇所をルカ福音書から集めてみると、イエスの洗礼の場面での祈りは種々の活動の出発点とも言えます。聖霊の恵みとともに、イエス自身の祈りを洗礼の恵みから味わってみたいものです。

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