列聖、列福について

神のしもべ、尊者、福者、聖人の段階がありますが、これらはいつごろ、どのようにして決まったのですか?

「聖人」が誕生する(列聖)までに「神のしもべ」、「尊者」、「福者」という段階を踏みますが、これらはみな「聖人」という概念がはっきりした後に、次第に明確となったものです。

「聖人」の認定と崇敬の歴史は長く、2世紀の初代教会の頃からあったと言われています。4世紀から6〜7世紀頃にかけて、殉教者や証聖者に対する崇敬が高まり、それによって地元の司教による聖人の真贋と認定が行われるようになりました。しかし、民間信仰から抜けきれず伝説上の人物がそのまま聖人となることもありました。例えば、聖クリストフォロスや聖女ヴェロニカなどがそうです。

10世紀に最初の列聖(聖人の公式認可)が行われ、12〜13世紀には列聖の権限が教皇に限定されるようになり、17世紀ごろには聖人認定の基準が定められ、現在の確固たる手順が開始されました。また、聖人の前段階である「福者」の段階が作られたのも17世紀においてです。段階を分けて聖性の認定を確実にする意味があったと思われます。18世紀においては列福に向けての調査が始まった人物を、「神のしもべ」と呼ぶようになりました。いつ「尊者」の制定が始められたか定かではありませんが、調査段階で「神のしもべ」、「尊者」と称されます。1965年に閉会した第2ヴァチカン公会議において、それまでの「聖人」の見直しが行われ、伝説的要素の強い聖クリストフォロスや聖女ヴェロニカなどが外されるということがありました。

列聖の対象者は「福者」が多く、その取り次ぎによって2件以上の奇跡が認められると列聖調査が始められます。つまり、その人物の名によって行われた(死後その名によって祈ってかなえられたものも含みます)奇跡の有無を調べます。その後、第1調査として統轄司教のもとで生涯・著作などが調べられ、第2調査として教皇庁の列聖省が調査します。異端的な言動や教会に対する見解などが厳しく吟味されます。決定後、聖人の記念日が定められると、教皇がこれをサン・ピエトロ大聖堂で教会の聖人として公に宣言します。信徒はその新しい「聖人」の名によってミサを捧げることができるようになります。

●回答者=川村信三神父(イエズス会)

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