夏の思い出

父が帰天したのは1988年8月7日で、つい最近その命日を迎えたが、あれからもう28年の歳月が流れた。父のことについてまず思い出すのは、隠れキリシタンの末裔らしく、理屈を抜きにした朴訥なたたずまいの中での素朴な信仰者としての生き方と、晩年になって見つけた盆栽に対する熱心な趣味にふけっていた姿である。盆栽の趣味を見つけるまでは、酒をたしなむ以外にこれといった趣味を持たない人で、六男一女の父親としての教育方針といえば、信仰を忘れるな、といったこと以外、厳しいことを押しつけることもなかった。私は長男で、中学二年の春に修道会に入会したので、その後の家族の様子についてはあまり詳しくは知らないのだが、家は貧しかったし、子沢山だったから、余裕もなかったのかもしれないが、父親との楽しい思い出というのは、ほかのどの兄弟にもあまりないのでないかと思う。

そんな父親だったが、私が小学校に上がる前に、私以外にまだ二人しか下の兄弟がいなかったころに、父親と二人だけで旅行したこと、父親とだけで海水浴に行ったことを、忘れることができない思い出として心の奥に収めている。

父は若い時分から腰に持病を抱えていて、その治療のために、住んでいた長崎の佐世保市から福岡の飯塚市に、何カ月かに一度通っていた。そのたびに父は私を連れて行ってくれていたのだが、そのときの蒸気機関車の車中で必ず買ってくれるものがあった。それは透き通ったガラス瓶に入っていた豆乳だった。終戦後間もないころで、気の利いたお菓子などは高価で、そんなものを買う余裕はなかったのだろう。それでも私はそれを買ってもらうのが嬉しくて、喜んで飲んでいたのだろうと思う。

ただ一度だけ連れて行ってもらった海水浴場では、父から泳ぎを教えてもらった。住んでいた佐世保市の相の浦いう町の港から沖合にあるその「やつぼ」という海水浴場までは船で15分か20分くらいだったと思う。砂浜はそれほど広くはないこぢんまりとした海水浴場だったが、父が私に泳ぎを教えてくれたのは、その砂浜でではなく、小さな岩場でであった。父は長崎県の五島列島の出身であったので、海とは小さいころから馴染み深いかかわりがあったのだろうが、私はそれまで海に入った記憶はない。父は二つの小さな岩場の一つに私を置き、自分は2~3メートル離れた対岸に行って、そこから私に向かって叫んだ。「父ちゃんがこけぇ(ここに)おるけん、心配せんちゃよか。顔ば水につけて手ばバタバタさしてここまで来い!」子供の足が届くような浅い場所ではない。私はそのとき、怖さを覚えたのかどうか記憶にないが、言われたとおりに父が待っている対岸まで夢中になって目をつぶって顔を水につけ、手足をバタバタさせながら無事にたどり着いたのを覚えている。私はこのときから泳げるようになった。そのときの父の笑顔もかすかに記憶しているように思う。

「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ」(マタイ18・3)という福音書が最近のミサの中で読まれた。そのとき私は、イエス様が言われる「子供のように」という言葉を、自分の身近にいる子供を想定して、どんな子供のようになればいいのかと迷うよりも、むしろ御父の子である「イエスのようにならなければ」としたらもっと分かりやすくなるのではないかと話した。ところがその話を又聞きした人から、「『イエスのように』と考えただけで、もう自分には無理と思ってしまう」と言われた。その人は「イエスのように」という言葉の意味を、「イエスのように完全で、非の打ちどころのない人」という意味にとらえたらしい。決してそんな意味ではない。イエス様は御父から遣わされた者として、自分の思いや希望を交えずに、ただ御父の御心をまるで幼児のように実行された、という意味で、ご自分のようにならなければ、とおっしゃったのではないか、と説明したら、少し納得されたようだった。自分の知っている範囲で子供を想定しても、どのような子供になればよいのか検討がつかない。一口に子供といっても千差万別あり、漠然としすぎている。むしろ御父の子供であるイエス・キリストと受け取ったら、その姿は迷う必要もなくはっきりと、福音書に示されている。

「父ちゃんがこけぇ(ここに)おるけん、心配せんちゃよか。顔ば水につけて手ばバタバタさしてここまで来い!」そのときの私の中には、幼児として父親に対する絶対的な信頼があったのだろうと思う。今の私にも神に対するあのような信仰があれば、と思う。

「するとペトロが答えた。『主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。』イエスが『来なさい』と言われたので、ペトロは船から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、『主よ、助けてください』と叫んだ。イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、『信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか』と言われた。」(マタイ14・28~31)

「大事なときにはいつも私が必ずそばにいる。だから何も心配しないでよい」という主の言葉をいつも心に留めておきたい。

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