「姦通の女」か「不倫の女」か 四旬節第5主日(ヨハネ8・1~11)

今日の箇所について、新共同訳のタイトルは「わたしもあなたを罪に定めない」、フランシスコ会訳のタイトルは「姦通の女」となっていて、タイトルの付け方がそれぞれ異なっています。新共同訳は、イエスが女性を許す感じのタイトルですが、フランシスコ会訳は、罪そのものについて問うようなタイトルで、視点の違いがあります。

20年、30年前のテレビドラマで「浮気」をテーマにした番組がよく放映されていましたが、いつの頃からかそれは「不倫」という言葉に変わってきた感じがします。

今日のみことばの最初の部分において、「律法学者とファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れてきて」(ヨハネ8・3)とあり、この女性はまさに現行犯です。「姦通」ということになれば、相手の男性には妻があるということで、この姦通をしていた女性は不倫をしていたことになります。律法の側面から考えるなら、「姦通罪」ということで石殺しの刑であるし、夫婦関係で考えればまさに「不倫」。男性側の妻にとって、不倫をしていた女性を決して許せるようなことではありません。何年間、家庭生活を営んできたか分かりませんが、妻にとっては腹立たしいことになります。聖書には記されていませんが、妻もまた律法学者やファリサイ派とともに、石を持って投げる準備していたのではないでしょうか。そんな矢先、イエスは「あなた方のうち罪を犯したことのない人が、まずこの女に石を投げなさい」(ヨハ8・7)と語ります。さすがに妻や律法学者・ファリサイ派の人々も石を投げることができなかったのでしょう。
イタリアのバルツェレッタ(笑い話/小話)ですが、イエスが「この女に石を投げなさい」と言ったら、一個の石が飛んできたそうです。「投げたのはだれだ」と思いつつ後ろを振り向くと、マリア様だったそうです。マリア様は無原罪なので、「罪を犯したことのない人」なので…。これはバルツェレッタなので、まともに信じてはなりませんが…。

この箇所の結びとして、「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。そしてこれからは、もう罪を犯してはならない」(ヨハ8・11)と。イエスは私たちに回心を勧めます。

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