天に宝を積む生活という種 年間第19主日(ルカ12・32〜48)

先日、私たちの修道会の1人の司祭が肺がんのために、都内のホスピスで62歳の生涯を遂げました。彼の仮通夜、通夜、そして葬儀には、たくさんの弔問客が訪れ故人の死を悼みました。しかし、その祭壇は、彩り豊な花で飾られ、悲しみだけではなく天の国へ送り出す「祝い」のようにも思えました。弔問に来られた人は、修道会家族会員、ご親族だけではなく、中学、高校の同級生、彼がミサに行った小教区の方々、彼が編んだロザリオや作った十字架を頂いた方々が彼の死をともに祈るために参列してくださいました。これらの、葬儀を通して彼の生前の人柄がこれだけ多くの方が来られたのだなと感じました。

きょうのみことばは、「天に宝を積む」、「目を覚ましていなさい」、「忠実な僕と不忠実な僕」という内容で描かれています。これらの内容の中に共通して言えるのは、「どのように生きるのか」ということではないでしょうか。イエス様は、人々に「愚かな金持ち」の喩えを話された後に「自分のために、古びることのない財布を作り、尽きることのない宝を天に蓄えなさい。」と言われます。人々は、自分のためだけに財産を増やした「愚かな金持ち」の喩えを聞いた後ですから、イエス様が言われる「【自分のため】の古びる財布」のことを理解したのではないでしょうか。ただ、「尽きることのない宝を天に蓄えなさい」という言葉をどこまで理解できたかということについては、疑問が出てきます。

イエス様は、「あなた方の宝のある所に、あなた方の心もある」と言われます。私たちの宝は、どのようなものなのでしょう。「宝」と聞くと「宝石、お金、高価な美術品」などが思い浮んできそうです。しかし、イエス様はその後に「あなた方の心もある」と言われています。このように考えますと、ただの、物質的な「財産」のようなものだけではなさそうです。この「【あなた方の心】もある」という言葉は、私たちの心の方向性であり、執着している傾き、と言うことではないでしょうか。パウロは、「霊の導きに従って生活しなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満たすことはありません。……肉の業は明らかです。すなわち、姦淫、猥褻、……敵意、争い、そねみ、怒り、利己心……しかし、霊の結ぶ実は、愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、柔和、節制です。」(ガラテヤ5・16〜23)と手紙の中で伝えています。もし、「私たちの心」が「肉の業」の方にあるとするならば、「私たちの宝」は「天」に積むことができず、「古びる財布」となり、「盗人から盗まれ、虫から食い荒らされる」ことになるのではないでしょうか。しかし、「私たちの心」が「霊の結ぶ実」の方にあるとするならば、イエス様が言われるような「尽きることのない【宝を天に蓄える】」ことになると言ってもいいでしょう。この節は、私たちの生活を振り返る材料になるのではないでしょうか。

イエス様は、「婚礼に出かけた主人」と「残された僕」についての喩えを話されます。その中で繰り返される言葉として、「目を覚ましているのを見られるその僕は幸いである。……そうしているのを見られるなら、その僕は幸いである。……そのように務めを果たしているのを見られる僕は幸いである」とありますように「【見られる僕】」という言葉が3度も出てきます。イエス様は、私たちの日常の生活の中で【霊の結ぶ実】を行っているのか、行っていないのかをご覧になられているのではないでしょうか。

もう1つ気になる言葉として、「あなた方も次のことを弁(わきま)えていなさい。盗人がいつやって来るかを知っていたら、……」と言う言葉です。前にも「盗人も近寄らず」と言う言葉がありますが、この【盗人】というのは、私たちがいう「どろぼう」と言うことではなく「主の来臨」という意味と取られるようです。パウロは、「……それが、いつ、どういうときにおこるか、あなた方は書く必要はありません。なぜなら、主の日は夜の盗人のようにやって来るということを、あなた方はよく分かっているからです。」(1テサロニケ5・1〜2)と言っています。

私たちの生活の中で【霊の結ぶ実】を習慣的に行うように心がけているのなら、イエス様が「あなた方も用意していなさい。思わぬ時に、人の子が来るからである」言われておられるように、私たちの「死」がいつ来ても恐れることはないのではないでしょうか。たとえ【霊の結ぶ実】を習慣的に行うことを忘れたとしても、イエス様は、「軽い鞭ですむ」と言われます。イエス様は、私たちに、「あなた方の父は、あなた方にみ国を与えるのを喜びとされる」とお約束されています。私たちは、自分の力に頼って小心な気持になって生きるのではなく、いつも私たちの側におられるイエス様、そして、聖霊の恵みを願いながら、「どうぞ、『【霊の結ぶ実】を行うことができますように』」と祈ってみることもいいのかもしれません。

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