聖ヨハネ・マリア・ビアンネ司祭

8月4日は聖ヨハネ・マリア・ビアンネの記念日です。ビアンネは1786年にフランスのリヨン地方にある小さな村ダルディイで農家の家に生まれました。しかし、幼少の頃にフランス革命が起き、教会はフランス全土で大きな危機にぶつかりました。ビアンネの村でも同じで、信仰熱心だったビアンネ家は、革命の影響を受けた主任司祭に従うのではなく、地下へと隠れた教会に属することを選びました。

そのような生活の中で、ビアンネは徐々に司祭になりたいとの望みを強めていきます。しかし、ビアンネは農家の子どもとして、ほとんど教育らしい教育を受けていませんでした。このため、まずはラテン語を学ぶ必要がありました(当時、典礼はすべてラテン語で行なわれていたのです)。ようやく神学校に入ってからも、ビアンネは哲学・神学の勉強に苦しみ、神学校からもたびたび司祭としてふさわしくないとの評価を受けるほどでした。それでも、ビアンネは忍耐強く勉学に励み、また司教もビアンネのすばらしい霊的生活を評価し、彼を司祭に叙階しました。

司祭になったビアンネは、ある司祭のもとでしばらく生活した後、教区内の「最も小さな村」と言われていた人口250人ほどの村アルスに派遣されます。アルスの人々はキリスト信者ではありましたが、フランス革命や当時の考え方の影響もあって、その信仰は表面的で世俗的でした。道徳的にも問題が多く、主日のミサや祈りの務めはしばしば軽んじられていました。ビアンネは、その中で熱心に、しかし忍耐強く信徒たちに働きかけていきました。自ら厳しい祈りと悔い改めの生活を行ない、すべてを人々の回心と救いのためにささげていきました。ビアンネは、特に、神との出会いの場である秘跡(ミサ、ゆるしの秘跡)を大切にするよう招きました。このような彼の活動は、多くの反対と誹謗をも受けましたが、人々は次第にビアンネの聖性を認め、その言葉に耳を傾けるようになっていきました。

ビアンネの名声は、周辺の町に広がり、さらに遠くの地方へも達するようになりました。多くの巡礼団がアルスへとやって来るようになり、ビアンネは求めに応じて、彼らの罪の告白を聞き、ゆるしの秘跡を授けました。この「ゆるしの秘跡」の使徒職は、徐々にビアンネの主要な務めの一つとなっていきました。

ビアンネ自身も、自分が司祭としてふさわしくない者であるという自覚から、常に悔い改めと償いに力を入れていました。彼は、自分の罪深さを償うため、隠遁の生活を送りたいと、何度も司教に願いました。しかし、司教の判断と人々の要望を受けて、彼は、1859年に天に召されるまで、アルスの司祭としてとどまり続けたのです。

さて、聖ヨハネ・マリア・ビアンネ司祭を荘厳に祝う場合、ミサの中ではマタイ福音書9・35〜10・1が朗読されます。

この箇所は、イエスの宣教活動を総括するような形で始まり、それがイエスの憐れみ、働き手を願う祈り、そして12人の選出と派遣につながっていく様子が描かれています。イエスの宣教活動は「……教え、御国の福音を宣べ伝え、……病気や患いをいやされた」(35節)という3つの動詞で要約されています。天の国の福音を宣べ伝えるという中心的なことが、教えといやしのわざをとおして成し遂げられていったことが示されています。

この宣教活動を特徴づける要素は「すべて」、「全面性」ということです。イエスは「すべての町と村」を回ります。そして、「すべての病気と患い」をいやします。歴史的にイエスの活動を考えれば、この時点で、すべての町と村を回り、すべての病気をいやしたというのは、明らかに事実に反することで、誇張された表現なのですが、マタイの意図は、イエスによる福音の宣教とその実りが地理的にも内容においてもすべてに及ぶことを示すことにあるのでしょう。

さて、言葉と行ないによる福音の宣教は、イエスの中に「憐れみ」を引き起こします(36節)。しかし、この憐れみを引き起こしたのは、個別の苦しみにあえぐ人々の姿ではなく、もっと深い根源的な問題、すなわち「飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれている」群衆の姿でした。飼い主のいない羊は、常に獣の危険にさらされているため、安心して行動したり、休んだりできず、また食糧や水を与えてくれる人がいないため、飢え渇いています。必要に迫られているのに、どこに行けばそれが得られるのかもわからず、右往左往しながら、ただ活力が奪われ、疲弊しきっています。救いを求めているのに、そこに導いてくれる人がいないため、すべてが徒労に終わり、希望を失っている状態……。イエスは人々の内面にあるこのような状態を鋭く見抜くのです。

このまなざしは、イエスの中に「憐れみ」を引き起こします。「憐れみ」とは、ヘブライ語では女性の「胎」、ギリシア語では「はらわた」を語源とする語で、元来、自分の内側から生じる我慢することのできない痛みを表します。それは、単に「かわいそうに思う」とか「同情する」という意味ではなく、相手の状態を前にして、自分の内側に耐えられないほどの痛みを感じ、そのためありとあらゆることをしないではいられないことを意味します。宣教活動の中でイエスが関わった群衆の姿(そして、それはわたしたちの姿)は、イエスの中にこのような痛みを生み出し、イエスを憐れみのわざへと駆り立てるのです。

しかし、イエスの憐れみは、直接には、36節で語られている「教えること」や「病気をいやすこと」へつながって行きません。イエス自身の行動ではなく、弟子たちへの言葉、しかも祈りへの招きにつながって行くのです(37節)。これは非常に興味深いことです。祈りの相手は「収穫の主」である御父です。群衆を救いに対して打ちひしがれ、疲れ果てている状態から解放することができるのは、人間のはたらきではなく(たとえ、それが善意によるすばらしいわざであっても)、御父の力だけなのです。だから、まずはたらきではなく、この御父への祈りが求められるのです。

しかし、これは「祈り」さえすれば、何もしないでよいということではありません。ここで御父に願っているのは、「収穫のために働き手を送ってくださるように」ということです。御父によって選ばれ、その力を与えられた人々は、打ちひしがれた群衆の「飼い主」、「牧者」として、人々を救いへと導くためにすべてをささげて「働く」のです。このことの実現が、次に続く12人の派遣です(10・1)。イエスは12人を選び(「呼び寄せ」)、彼らに権能を授けて派遣します。それは「汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすため」です。この表現が、すでに見た9・35のイエスの行動、「ありとあらゆる病気や患いをいやされた」に対応しているのは明らかです。

イエスの福音宣教活動は、人々が救いへの道のりにおいて飼い主のいない羊のようであることを浮き彫りにし、それがイエスの中に憐れみを引き起こします。この憐れみは、イエスの中だけにとどまらず、弟子たちをも巻き込み、まず収穫の主である御父へと彼らを向かわせます。そして、御父からイエスをとおして権能が与えられることにより、弟子たちはイエスの憐れみのわざを行なっていくのです。この箇所は、人間を前にした神の憐れみの深さを示すと同時に、神の望みが弟子たちをこの憐れみのわざに巻き込んでいくことにあること、そしてこの憐れみのわざが人間のはたらきではなく、常に神の力によって実現することを明確にしています。

さて、再び聖ビアンネに目を向けてみましょう。ビアンネが派遣されたアルスの人々は、前述したとおり、洗礼を受けてはいましたが、キリストの教えに反するような世俗化された生活を送っていながら、それをよしとしていました。ある意味で、それはフランス革命当時のキリスト者の状況を象徴していたとも言えましょう。しかし、ビアンネは、彼らを堕落したキリスト者というよりはむしろ、「飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれている」者と感じたのでしょう。そして、イエスと同じように、このような群衆の姿を見ることによって、深い憐れみへと駆り立てられたのでしょう。

しかし、人間的な能力からすれば、ビアンネは決して有能な人物ではありませんでした。ビアンネ自身、自分がふさわしくない者であることを十分に自覚していました。ビアンネは熱心に活動しましたが、特筆すべき事業を行なったわけではなく、司祭として当たり前のことを行なっただけでした。ミサ、説教、ゆるしの秘跡、信徒の家庭の訪問……。ところが、アルスの教会は悔い改め、驚くべき変貌を遂げました。ビアンネの名声は遠くにまで及び、多くの人々がビアンネのもとに集まるようになりました。いったい何が起こったのでしょうか。

わたしは、その秘密がゆるしの秘跡の中に隠されているのではないかと思います。ゆるしの秘跡、それはおそらく司祭が最もその生き方を問われる場なのです。通常、わずか5分に満たないやりとりの中で、信徒が心からの悔い改めをもって罪を告白し、司祭をとおして、すべてをゆるしてくださる神と出会い、慰めとこれからの生き方の指針を受けて、喜びのうちに新たな歩みへと踏み出していく。しかし、司祭はその人の罪についてあらかじめ知っているわけではありません。たった今耳にした罪、しかも多くの場合その人の心の奥底に関わる重苦しい罪に対して、間髪を置かず、勧めを行なわなければなりません。しかも、1〜2分という短い時間で。説教や講話であればあらかじめ準備することができます。しかし、ゆるしの秘跡の勧めは、そのような意味での準備をすることができません。当然、それまで体験したこと、考えたこともなかったケースに遭遇することもあるでしょう。ゆるしの秘跡は、司祭の務めが自分の力ではなく、神の力でなければなしえないことを、最も明確に示しているのです。

ゆるしの秘跡の中では、それにあずかる人に神がはたらいてくださるように、司祭に対しても神ははたらいてくださいます。わたし自身、司祭として、何度となく、その場で、語るべき言葉を、時としてまったく考えたこともない言葉を与えられるという体験をしてきました。しかし、そのためには、神がはたらくことができる状態を自分の中に保ち、神のはたらきに対する敏感さとそれを受け入れる謙虚さを育んでいくという、司祭の日頃の姿勢が必要とされます。司祭がどれだけ神との間に生きた深い関わりを造り上げているかが、ゆるしの秘跡では直接問われるように思うのです。

それにしても、ゆるしの秘跡を受けるために、ビアンネのもとに多くの人が、しかも遠くから押し寄せてきたという事実は、驚くべきことです。わずか5分ほどのゆるしの秘跡にあずかるために、そしてほんの1〜2分ほどのビアンネの勧めを聞くために、お金をかけ、苦労をしてやって来るのですから。それだけ、このビアンネの短い言葉に神の力があふれており、人々がそこに神の力とゆるしを感じ取っていたということなのでしょう。

ビアンネがこれほどまでに人々の心を揺すぶり、悔い改めへと導くことができたのは、ビアンネの日常の当たり前の行為一つ一つのうちに神がはたらかれた(はたらくことができた)からです。このことは同時に、神の憐れみの心に突き動かされ、常に神のはたらきに開かれて生きる司祭が(そして、すべてのキリスト者が)、いったいどれほど偉大なことを実現できるのかをも示しているのです。

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