洗礼者聖ヨハネの殉教

今回は8月29日に記念される、洗礼者聖ヨハネの殉教(マルコ6・17〜29)を取り上げたいと思います。洗礼者ヨハネは、イエス・キリストの救いのわざを準備する「先駆者」として、イエスの宣教活動の前に人びとに悔い改めを説き、水の洗礼を授けた聖人です。ヨハネのすばらしさについては、イエス自身が「女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネよりも偉大な者は現れなかった」(マタ11・11)と言っているとおりです。

さて、ヨハネは、当時その地方を治めていたヘロデ・アンティパスの反感を買い、捕らえられてしまいます。ヘロデが兄弟の妻ヘロディアと結婚したことに対して、それが律法に反することであると指摘したからです。ところが、ヘロデはヨハネの教えを聞くうちに、ヨハネが正しい聖なる人であることを知り、彼を恐れ、保護するようになりました。一方で、ヘロデの妻ヘロディアはヨハネを恨み続け、どうにかして彼を殺そうと考えていました。このような状況の中でヨハネの殉教が起こります。ヘロデの誕生日の祝いに踊りを披露して客を喜ばせたヘロディアの娘に、ヘロデが「何でも欲しいものをあげよう」と約束したのです。この機会を待っていたかのように、ヘロディアは娘を通して、ヨハネの首(すなわち彼を殺すこと)を求めます。こうして洗礼者ヨハネは殉教しました。

ヨハネの殉教は、「人間の罪」というものの複雑な構図について考えさせてくれます。ある人が善いことを望んでいるにもかかわらず、その人を取り巻く様々な状況が彼に罪を犯させるよう追い込んでしまうこともあるのです。ヘロデはヨハネを保護し、その教えに喜んで耳を傾けていました。ヘロディアの娘がヨハネの首を求めたときも、非常に心を痛めました。しかし、ヘロデは一度誓ってしまった上に、並みいる招待客(マルコは「高官や将校、ガリラヤの有力者など」と記しています)の手前、どうすることもできず、結局ヨハネを殺すよう命じざるをえませんでした。ヘロデは、ヨハネを生かそうと望んでいたにもかかわらず、それとは正反対のことを行うことになりました。自分が望んでいなかった罪を犯すことを余儀なくされたのです。

このようなヘロデの行動を非難するのは簡単なことでしょう。ヘロデはヨハネを救うことができたのにそうしなかった、結局ヘロデはヨハネの命より保身を選んだのだ、と。しかし、問題はそう単純ではありません。少なくともヘロデにとって、それは「やむを得ない」ことだったからです。実は、程度の差こそあれ、私たちの信仰生活の中でもこのようなことはよくあるのです。たとえば日曜日のミサのことを考えてみるとよいでしょう。ミサに行かない信者の中には、本当は行きたいのに、何かやむを得ない理由があって行けないという人がたくさんいます。仕事があるから、大切な人との約束を外せないから、家族のために食事の準備をしなければいけないから、他にも様々な理由があることでしょう。こうした人を非難する人もいます。ミサと仕事のどちらが大切なのか、ミサはすべてに優先されるべきではないのか……。しかし、本人にとっては、やはり「やむを得ない」理由なのです。他にも、このようなケースはたくさんあります。信仰上あまり好ましくないことと思っていても、仕事だから、近所づきあいだからといった理由で、やむを得ず黙認してしまったりするのもよくあることでしょう。自分を取り囲む人びとや社会の思惑が複雑に絡み合い、自分としては決して望んでいないことなのに、それを行なわざるをえない状況に追い込まれてしまう。罪にはこうした側面もあるということです。

このような種類の罪は、一人の人の努力だけで乗り越えられるものではありません。望むと望まないとにかかわらず、人間が共同で作り上げてしまう罪の構図が存在するのです。そして、この罪の構図は放っておくと、人を殺すことまで正当化してしまう危険があるのです。洗礼者ヨハネの殉教はその一例ということができるでしょう。

確かに、この罪の構図は私たちの力ではどうしようもないように見えます。しかし、あきらめる必要はありません。キリストはこのような罪からも私たちを解放してくださったのです。だから、このキリストに信頼して、皆が一つになれば、必ずこの罪の構図をも打ち破ることができるはずなのです。たとえ難しい歩みに思えても、日々の生活の中で罪の構図に流されるのではなく、キリストのうちに一致して何か自分たちにできることを行なうように神は招いておられるのです。

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