仲間と一緒という種 年間第3主日(マルコ1・14〜20)

大阪の登美ヶ丘高校にダンス部があり、このダンス部は、NHKの紅白に出たり、沢山のコンクールで賞を取ったりとても有名です。もちろん、その練習は、まさに血がにじむような大変厳しいものです。しかし、彼女らは、それぞれ仲間がいるからその厳しい練習に乗り越え、嬉しいときはみんなで喜び、悔しいときはみんなで泣いていました。彼女らのダンスは、それぞれ【仲間】として一致があったから見ている人の心を揺さぶるものがあると言ってもいいでしょう。

きょうのみことばは、イエス様がいよいよ宣教を始められる場面です。みことばは、「ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ伝えて仰せになった、『時は満ち、神の国は、近づいた。悔い改めて福音を信じなさい』」と言われます。洗礼者ヨハネは、人々に「罪の赦しへと導く悔い改めの洗礼を宣べ伝え」、また「わたしより力のある方が、後からおいでになる。」(マルコ1・4〜7)と言っています。その洗礼者ヨハネが捕らえられ、イエス様は、ヨハネと同じようなことば「悔い改めて福音を信じなさい」と伝えながら宣教を始められます。

当時のガリラヤは、エルサレムから遠くにありましたが、色々な街道が混じっていて異邦人の文化も入っていてとても栄えていた場所でした。ただしエルサレムの人から汚れた場所と思われた地域でもあったのです。イエス様の宣教活動は、そのような底辺の地から始まったのです。イエス様の第一声は、「時は満ち、神の国は近づいた」という言葉でした。この言葉は、ユダヤ人たちにとって「ようやく待ちに待った【救い主】が来られたこと」を知らせる希望の言葉のように響いたのではないでしょうか。彼らにとって、洗礼者ヨハネの捕縛は、悲しいものでした。そのヨハネに代わってイエス様が現れ自分たちを導いてくれる救い主が現れたと思ったことでしょう。

さらに、イエス様は、「悔い改めて福音を信じなさい」と言われます。イエス様の「神の国は近づいた」という言葉の中には、ご自身のことを言われているようです。別の言い方をすると「神の国である(私)はもう来ています。ですから、『悔い改め(神の方に向きを変えて)福音を信じてください』」と言われているのではないでしょうか。この言葉は、私たちにとっても同じように響いてくることでしょう。今、まさにイエス様は、私たちと共にいておられ、私たちの弱さ、自分たちの楽しみや富に執着する気持ち、ついつい人を傷つけてしまう言葉などすべてをご存知で憐れ(いつくしみの目)に思われています。ですから、「私以外の方に目をくけるのではなく、私の方に向いてください」と言われているのではないでしょうか。

次にイエス様は、まず弟子を集められます。イエス様は、神の子ですからご自分で何でもおできになられる方です。しかし、あえてイエス様は、そのようになさらずご自分と一緒に【福音宣教】してくれる【弟子】を集められることから始められます。イエス様の宣教の拠点は、都会のエルサレムではなくガリラヤでした。そのためまずは、ガリラヤ湖のほとりを通られながら漁師であったシモンとその兄弟アンデレが湖で網を打っているのをご覧になられます。当時の漁師は、自分たちの水揚げの一部を「元締め」に収め、残ったわずかなお金で生計を立てていたようです。ですからどちらかというと虐げられ、貧しい生活を送っていたのです。イエス様は、そんな彼らに「わたしについて来なさい。人を漁る漁師にしよう」と声をかけられます。2人がイエス様の言葉をどのように理解したのかわかりませんが、彼らが日常行なっていた「漁る」という言葉に親しみを覚えたのかもしれません。彼らは、ただちに網を捨ててイエス様に従って行きます。

さらにイエス様は、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネにも同じように声をかけられます。彼らは、漁師仲間のペトロとアンデレが仕事を置いてイエス様と一緒に自分たちのところに近づいて来ているのを見て何かを感じたのではないでしょうか。もしかしたら、二人の顔が喜びに満ちた表情だったのかもしれません。ヤコブとヨハネは、父ゼベダイと雇い人たちとを舟に残してイエス様について行きます。この二人には、「雇い人」がいたところを見るとペトロたちよりも少しは裕福だったのかもしれません。それでも彼らは、親も雇い人も全てを捨ててイエス様について行ったのです。ここにイエス様の魅力があり、彼らを惹きつける何かがあったのでしょう。

洗礼の恵みをいただいた私たちは、弟子たちを選ばれたようにイエス様が【ご覧に】なられ一人ひとり声をかけられたのです。私たちは、全てを捨てて(イエス様との生活を第一にして)イエス様について行く道を選ぶ者となりました。私たちは、全てを捨てるからこそイエス様が助けてくださるのです。私たちは、1人ではなくそれぞれの生活の場でイエス様と共に、教会という弟子(家族・仲間)と一緒に福音宣教を行うことができたらいいですね。

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