実現する

毎年八月の終わりに兵庫県尼崎のホテルで三日間にわたって「カトリック聖霊による刷新関西大会」が開催されるのですが、毎年それに参加するのが私の年中行事になっています。今年も三日間の日程の中で延べ約三百人の参加者たちと共に聖霊に満たされて神を賛美することができ、本当に幸いな時を持つことができました。私がカトリック聖霊刷新という信仰共同体にかかわるようになって十五年以上になります。

今年の大会開催担当者から私が仰せつかっていた役割は、三日間の大会最終日の派遣のミサの主司式でした。担当者からは、あらかじめ当日のミサのテーマを聞いていました。それは教皇フランシスコの回勅『福音の喜び』の内容に沿って話をするように、ということでした。でもミサにはその当日の福音が決められていますので、担当者からの「教皇フランシスコの回勅『福音の喜び』の」という指示にはほとんど何の興味もなく、その日のルカ福音書4章16節から30節までの、イエス様が安息日にナザレの会堂でなさったお話のことだけを黙想しながら準備をしていました。

いつものことですが、準備するといっても、話す内容を文章にまとめたり、話の順序をメモするなどのことは一切せず、「そのときには、言うべきことは教えられる。実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である」(マタイ10・19~20)というイエス様のおっしゃった言葉に全面的に信頼して、当日の福音書を熱心に繰り返し読み、「主よ、お語りください。私は告げます」と祈りながら呑気に構えていました。

福音宣教とはイエス・キリストのことを宣べ伝えることです。聖霊の最大で第一の役割は、このイエス・キリストを宣べ伝えることを実現することです。ですから私たちが福音宣教をする上で絶対にはずしてはならないのは、この聖霊に対する信仰です。聖霊なしにキリストを宣べ伝えることは絶対にできません。そのようなことをミサの説教の中で話し始めたのですが、そのとき、急に思い立って皆さんに、「福音書の中で最初にイエス様を伝えたと記されているのは誰でしょう?」と問いかけました。

「あなたは身ごもって男の子を産む」と大天使に言われたとき、マリアは「どうしてそんなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに」と言って反論します。でも大天使の「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる」という説明を聞いて、マリアはすべてを理解し、納得できたわけではなかったにも拘わらず、「お言葉どおり、この身に成りますように」と言ってお告げを受け入れます。

説教はそこから考えてもいなかった方向に進んでいくことになりました。神のお告げを受け入れたマリアの最初の仕事は、親類のエリザベトを訪ね助けることでしたが、そのマリアが気つかずに果たしたもう一つの重要な仕事は、マリアの胎にやどされた救い主をエリザベトとその胎の子のところに運ぶことでした。

マリアの訪問を受けたエリザベトがマリアを称えた言葉の中に、単なる称賛ではない重大な預言があることにそのとき気づいたのです。それは、「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、何と幸いでしょう」という言葉です。「聖霊があなたに降る」という言葉は、大天使の口を通して主なる神がマリアに言われた言葉です。エリザベトが聖霊に促されて、主がおっしゃったことは必ず実現すると信じたマリアの信仰は、私たちがマリアの子としてすべて受け継がなければならない信仰だということに気がついたのです。

私たちの主イエス・キリストは、弟子たちを通して私たちにたくさんのことをおっしゃられました。「互いに愛し合いなさい」「互いの足を洗い合わなければならない」「皆に仕える者になりなさい」「へりくだった者になりなさい」「子供のようにならなければ神の国に入ることはできない」などなど。意味はよく分かります。いろいろな解釈や解説をきいて、なるほどと納得できますし、素晴らしい説教には感動もします。それが実現できたらどんなに素晴らしいだろうと思います。でも自分の力という現実を見つめると、どれもこれも実現は至難の業と思えて、実行しようという意欲さえ湧いてこないことがあります。「主がおっしゃったこと」なのに実現すると信じることができないのです。すべて自分の力という現実との相談の結果、そのようになってしまうのです。

イエス様は最後の晩餐の中でもたくさんのことをおっしゃっていますが、実はその最後の遺言の中に、大きな秘密が隠されている、ということに、今更のように気づいたのです。これまで何度も目にした個所だったのに、今まで気づかなかったとは、何ということでしょう。

「主がおっしゃったこと」の最高のものは、そのお約束です。繰り返し繰り返しおっしゃったお約束です。

「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。(ヨハネ14・15~17)

「わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。 しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。(ヨハネ14・25~26)

「わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者、すなわち、父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。あなたがたも、初めからわたしと一緒にいたのだから、証しをするのである。」(ヨハネ15・26~27)

「しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。その方が来れば、罪について、義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにする。罪についてとは、彼らがわたしを信じないこと、義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなること、また、裁きについてとは、この世の支配者が断罪されることである。」(ヨハネ16・7~11)

「言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。」(ヨハネ16・12~13)

私たちに十字架が示されるとき、お言葉どおりこの身に成りますように、と言ってそれを引き受けることを可能にするのは、私の人間的力、能力ではなく、主がおっしゃったことは必ず実現するという信仰、聖霊に対する信仰であることを忘れてはなりません。

2015年のカトリック聖霊による刷新関西大会は、「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じる者になりなさい」というメッセージを頂いた大切な時となりました。

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