貧しい家庭 聖家族(ルカ2・22~40)

マリアとヨセフはイエスを主に献げるため、エルサレムへ連れていきます。「主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった」(ルカ2・24)と。この背景にはレビ記の内容が思い起こされます。「産婦が貧しくて小羊に手が届かない場合は、二羽の山鳩または、二羽の家鳩を携えて行き、一羽を焼き尽くす献げ物とし、もう一羽を贖罪の献げ物とする」(レビ12・8)。このことからもマリアとヨセフは、とても貧しかったことが想像できるのではないでしょうか。

朝日新聞の「天声人語」(1993年3月6日)にこんな記事が掲載されていました。ちょうどその頃、カシオ(CASIO)計算機の創業者だった樫尾忠雄さんが75歳で亡くなった時のコラムです。

樫尾忠雄さんは「高知県の農家に生まれ、高等小学校を出て、十四歳で旋盤工の見習いになる。自分が機械工作に向いていることを発見する時期だ。苦学しながら夜学の早稲田工手学校に学び、卒業して、しばらく会社勤めをした。だが学歴がないことから、独立を考える。樫尾製作所を父親とともにつくった。その事業に、三人の弟が次々に加わった。この四人兄弟の協力態勢が魅力的だ。『私はまあ器用で経理などに経験があった。俊雄は発明の才があり、和雄は負けん気で営業向き、幸雄は機械に強い。どれも一人前でないので、かえって相補ったんでしょう』と評した。(中略)仕事が軌道に乗るまでは、だが、生活は苦しかったようだ。『貧乏だったことが、親が残してくれた最大の財産だ』と言ったことがある。それが奮起の原動力だった」。

聖なる家族というのは、どんな家庭でしょうか。お金を持っていること、土地や財産を持っていることとは、ちょっとかけ離れているように感じます。たくさんの財産を持っていることがかえって家庭の分裂の原因にもなったりします。貧しいけれど、それがかえって人の心を豊かにしたりもします。マリアとヨセフの家庭には、貧しい中での心の豊かさが感じられます。

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

最近の記事

  1. 大阪の登美ヶ丘高校にダンス部があり、このダンス部は、NHKの紅白に出たり、沢山のコンクールで賞を取っ…
  2. 先生たちが自分の後継者を探そうとする時、できるだけ優秀な学生を自分の弟子にしようとするのではないでし…
  3. アルベリオーネ神父は、一九一四年に聖パウロ修道会を創立したが、その数年前から幾人かの青少年を未来の会…
  4. 日本では正月気分も抜けて、平常の雰囲気でしょうか。今朝(1月17日)、東京からベトナムへ戻ってきたの…
  5. 永富久雄神父(聖パウロ修道会)が無作為に選んだ3つの質問に答えます。Q1. 自分自身…
“神父・修道士になるには”

“Thông

ピックアップ記事

  1. ベトナムのサイゴンで生活して、そろそろ一年になろうとしています。日中は一年中、30度を超す温度ですが…
  2. とまにちわ!「病院まで一緒に付き添って来て!」付き添いって何するの? というか、不安。実…
  3. とまにちわ!夏なので、いただいたお便りを時空を超えてご紹介させていただきます!「この機会…
  4. 8月4日は聖ヨハネ・マリア・ビアンネの記念日です。ビアンネは1786年にフランスのリヨン地方にある小…
  5. 本書は、聖書の中から選ばれた74の物語が、親しみの持てるかわいらしいイラストともに、子どもたちにわか…

アーカイブ

PAGE TOP
Translate »