道・真理・いのちである師イエス 年間第31主日(マタイ23・1~12)

今日のみことばで「あなたがたのうちでいちばん偉い人は、かえってみんなに仕えることになるであろう」(マタ23・11)と言います。「仕える」謙虚な態度を具体的に示されたのはキリストです。十字架につけられ、もっとも惨めな姿で最期を遂げていきました。

パウロの言葉に「ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシア人は知恵を追及していますが、わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えているからです。つまり、わたしたちが宣べ伝えているのは、ユダヤ人には人を誤らせること、異邦人には愚かなことですが、ユダヤ人であれギリシア人であれ、召された者にとっては、神の力、神の知恵であるキリストなのです。神の愚かさは人間より賢く、神の弱さは人間より強いからです」(一コリ1・22~25)。

またイエスは「あなたがたの教師はただ一人、メシアだけである」とも語ります。パウロ家族の創立者ヤコブ・アルベリオーネ神父はこのことを次のように表現します。「イエスが師と呼ばれるのは、ただ知識を伝えるからだけではなく、弟子たちをご自分に似た者とするために彼らのうちにご自分のいのちを注ぐからでもある。イエスは彼らを神のいのちで養い、永遠のいのちへと導くのである」(アルベリオーネ『師キリストの追従者』参照)。

アルベリオーネ神父は、イエスを「道・真理・いのちである師」と表現しました。ヨハネ14・6とマタイ23章との合成です。こうして彼は1926年頃、「道・真理・いのちである師イエス」という信心を高めていきました。このことを具体的に生き、模範を示したのが聖パウロです。「聖パウロは聖師を十全的な姿において理解した弟子である。彼は聖師を全体的に生きる。教義、み心、聖性、人性と神性の深い奥義を探り、キリストを師、いけにえ、司祭として見つめ、道・真理・いのちとして彼全体を私たちに示してくれる」(アルベリオーネ『豊かな恵みの富』参照)。

「道・真理・いのちである師イエス」の意味を、今日のみことばとアルベリオーネ神父のことばから深めてみたいものです。

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