13. 科学と信仰の統一の念願

ヤコブは、このころから科学と哲学と神学とを、道・真理・声明であるイエス・キリストのうちに調和統一しようという望みをいだいていた。以来、たえまなく、この統一という目標に向かって努力し、聖トマスの哲学、神学のほかに、その源流となるアリストテレスの哲学をも研究した。そして聖トマスが古代の諸科学を吸収し、これらを統一した事業について、しばしば哲学教授キエザ神父と語り合いながら、いつも次の結論に達した。

「神が、み摂理によって現代に今ひとりの聖トマスのような人を起こしてくださるように、心を合わせて祈ろう。そういう人が現れれば、ばらばになった五体のようにこま切れになった諸科学を、たとえ短くても、秩序よく、わかりゆすくまとめあげて、諸科学を再び一つの有機体的なからだにしてほしいものだ。こうすれば、知識人たちは恩恵の神的な助けのほかに、知識の面で人の助けをも得ることになろう。各科学は哲学を通して、神学の上に固有の稲光りを投げかけ、多様な諸科学も多様性の中に統一性を見い出し、信仰へのへりくだりによって第三の啓示である『栄光の光』をうけるに至るであろう。理性という自然の光で知ることのできる自然科学、信仰の光によって受けいれることのできるイエス・キリストが啓示された神学的知識、栄光の光によって永遠の生命において有することのできる神におけるいっさいの直観、以上すべてを私たちは聖師イエスのうちに見い出すことができる。」

それでヤコブは、人文科学を少なくとも足りる程度に学び、これを哲学まで統一しようと試み、哲学を啓示への直接の手引きにした。そして諸科学の統一者聖大アルベルトにこう祈った。

「神よ、あなたは司教証聖者である幸いなアルベルトをして、人知を神的信仰に服従させるということにおいて、すぐれたものとなさいました。どうか、私たちに、その教えに親しく従い、天において完全な光を楽しむことを得させてください。」

熱心に祈ったあとで、神学生のヤコブは、何か一つやってみようと試みた。それは、人間と教義を知った上、種々の論文を参照しながら神学書を書くという企てであった。一九○六年(明治三九年)に、ジャコモ・ベルノッコという教理神学の教授が死ぬと、その代理として神学四年生のヤコブが教理神学を教えていた。テキストは聖トマスの神学大全であった。当時の同級生たちは、こう回想する。「ヤコブ神学生の授業は明確で、深みがあった」と。

なお、ヤコブは、学問について、次のような信仰をいだいていた。「学問は、創造という偉大な本のある一章として存在する。それぞれは、あたかも、目や舌や意志が人に奉仕するように、人間が神のみもとに行くための手段として使用されるべきである。しかし、ある人に、しばしば起こることがあるが『どこから来て、どこへ行くのか。何のために生きているのか』という問いを持たないことさえある。これは、物事の認識や学問(発見・発明)において起こる。それは、人びとが、ただ知ることのみで満足し、『だれが、なぜ行ったのか? 何のために役立つのか?』という問いを発しないからである。

深い学問は、神への道であるイエス・キリストへと導く。学問はキリストの啓示を受け入れるための準備として欠かせないものである。キリストは神として、その創造において、人びとが物事を知るよう照らし、また人びとを高め貴いものとするために、自然界では明示されない他の真理をも啓示することをお望みになった。そして、それらすべてが、人びとに仕えるものであるようにと望まれた。

キリスト教文化は、その母親として学問を、父親として啓示の神を持つ。学問と信仰の間に不合理が生じると、人びとは、あたかも、両親が離婚した子供たちが、その影響をたえていかなければならないように、苦悶するのである」と。

学生時代のヤコブは、五年間というもの、日に二回ロルバッヘン(Rorbachen)の世界教会史を一節ずつ読み、ハーゲンロザ(Hergenrother)のもの五年間で、また八年間にわたって自由時間を利用してカンティの世界史を読了し、さらに、世界文学史、芸術史、航海史、特別に音楽史、宗教史、哲学史の読書にも手を広げた。神学校図書室の司書の役目もまた、非常に役立った。その図書室は、古書に関しては比較的よく整っていたが、新刊書はたいそう少なかった。金銭をくめんして多くの新書を購入することに成功し、当時の最良の雑誌、百科辞典、カトリック関係の辞書をそろえるまでにいたった。一九○六年から今までずっと続けてきたチヴィルタ・カトリカの読書や、少しあとで始めた「オッセルヴァトーレ・ロマノ誌」「聖座教令集」レオ十三世以来の回勅の購読は、彼の不断のかてであった。司教座参事会員キエザ師からは、聖師のみもとで礼拝し、感謝し、御ゆるしを求め、嘆願するために、すべてを黙想と祈りの対象とすることを学んだ。

次にヤコブは、出版使徒職についての信念をこう述べている。「出版には、ある一定の順序というものが必要だ。人々への奉仕、次に宣教、社会問題、大衆などーの奉仕に従事するがよい。

パウロは“キリストにあって生きる”という本質的なことを私的したのちに、フィリピ人に向かってこう行っている。“最後に兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判のよいこと、そのほかあなたがたがわたしから学び、受け、聞き、また見たことを実行しなさい。そうすれば平和の神があなたがたとともにいてくださいます”(フィリッピ4.8-9)。この聖パウロの言葉に表現されているパウロ的精紳において出版しよう。……学問を学ぶにも、また教えるにも、研究は常に道、真理、生命にまします私たちの聖師イエス・キリストに対する認識がますます深められ、私たちの知恵と意志と心においてキリストがより完全に形成されるように整えられ、完成されなければならない。私たちは、まずキリストの謙そん、勤勉な弟子であってこそ、やがて人びとの有能な教師になるであろう。

イエス・キリストのみ名によって祈り求めることは、それがなんであろうと、私たちに与えられるということが真実なら、信じ、期待し、謙虚に信仰をもって働こう。聖パウロ会は、たびたび、『おまえは、なんのために生きてきたのか』と自問するだろう。本会は、いつも知識人を心にかけている。福音は神聖なものだ。根本的には、あらゆる人の知性に呼応するものだし、あらゆる疑問、あらゆる時代の人びとに満足な回答を与えることができるものなのだ。もし知識人の心を捕らえれば、ただ釣り針でではなく、網ですなどることができる。その時には理性と信仰という、神なるキリストにおけるふたりの姉妹は完全にいだき合うことができるであろう。」

さらにアルベリオーネ神父は、勉強の意義と生涯教育の必要について、こう述べている。

「勉強とは、努力することである。これは私たちに死ぬまでつきまとうものである。新しい事柄を学ぶという望みをもって、努めなければならない。一生涯、私たちは、いつも同じ状態にとどまってはならない。毎日進歩し、徐々に完成しなければならない。二○年あるいはそれ以上たったのち、初めと同じ所にいてはならない。また『もう私は学生ではない』と言うこともできない。私たちは、みんな、学ぶよう義務づけられている。

若者たちは、自然界を考察し、キリスト教的哲学が教えるところに従って、理由づけることができるよう学びなさい。その哲学から出発し、神学によって神の高さと真理にまで到着するだろう。」

・池田敏雄『マスコミの先駆者アルベリオーネ神父』1978年

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現代的に一部不適切と思われる表現がありますが、当時のオリジナリティーを尊重し発行時のまま掲載しております。

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