私のパウロ会入会 永富久雄神父

私は、一九五一年四月、中学三年の時に、福岡の聖パウロ会に、志願者として入会しました。

私は、中学生になったばかりの頃は、少しばかり本を読むのが好きでした。学校の友だちが、両親から少年雑誌を買ってもらって読んでいるのを見て、いつもうらやましく思っていました。

司祭叙階(1964年)

中学二年の時、福岡のパウロ会からブラザーパウロ山野忠次郎さんが志願者募集で平戸に来て、その時、ある人の紹介で私の家にも来られたのです。というのは、実は、私の三番目の兄が神学校に行っていまして、途中で戦争に行き、戦争から帰って間もなく戦病死しての兄が神学生であったことと、そしてその弟に中学生がいることを、近くの人から、パウロ山野さんは教えられて、私の家にも来られたわけです。

パウロ山野さんは、中学二年の私に、パウロ会に来ないか、パウロ会ではたくさん本も読めるし、勉強もさせてもらえるのだと教えてくれました。そして次の年の中学三年の入学と同時に、福岡の聖パウロ会に入ったというわけです。その時、平戸の郵便局に勤めていたすぐ上の姉の勧めも大きかったようにも思います。

司祭叙階(1964年)

入会の時は、一年先にパウロ会に入会していた御扇の山口栄二さんが平戸まで迎えに来て、福岡の小笹のパウロ会に連れて行ってくれました。その時の小笹のパウロ会はとてもにぎやかでした。木造建物の長い平屋に、一年先に入った志願者が二十人以上はいたんじゃないかと思います。寝る時は二段ベッドで、下の者が朝起きる時に上のベッドに頭をぶっつけることもしばしばありました。懐かしい思い出です。

時の院長さまはロレンソ・ベルテロ神父さまで、朝の黙想のとき、小さなご絵を志願者にくばり、そのご絵の裏に「信仰・希望・愛」と書きなさいと言って、信望愛の徳を教えてくださいました。先輩のブラザーは、せっかくパウロ会に入ったのだから、最後までがんばりなさいよと言って励ましてくれました。その頃のことだったかわかりませんが、きまりをしっかり守っていれば、やめさせられることはないよとも教わったようにも覚えています。

誓願25年(1989年)

私の入会の時、一九五一年は四人の入会者で、平戸からは二人。中一の塚本孝夫君と中三の私。孝夫君はのちの塚本孝夫神父さんですが、孝夫君は中一の時から体格がよくて、孝夫君が中三で小さい私が中一じゃないかと言われて、ちょっとくやしい思いをしたことも記憶にあります。私は当時マリア会経営の泰星中学三年に編入しましたが、クラスでも前から二番目でした。

その中学三年、十四歳の時、パウロ会に入会したわけですが、中学三年は二クラスあって、パウロ会の同級生は四人で、二人ずつA・Bクラスに分かれ、私ともう一人、牧山友幸君がBクラスで一緒でした。牧山友幸君との一つの思い出があります。友幸君は一年先にパウロ会に入会していました。新入りの私のよい案内役をしてくれました。彼は優秀でクラスでも十番以内の成績でした。ただ体が少し弱くてメガネをいつもかけていました。

誓願25年(1989年)

その彼が、私のいのちの恩人になったことがあります。今でも想い出すたびに感謝するのです。というのは、新学期が始まってからの六月ごろでした。学校からの下校のとき、学校の砂場の鉄棒にぶらさがって飛行跳びという遊びで、鉄棒の上から後ろ向きにくるりと回って、遠くへ跳び下りる遊びをしていました。ところが鉄棒をにぎっていた両手がはずれ、砂場にドスンと大きく尻もちをつき、一時心臓が止まってしまったのです。その時そばで見ていた牧山友幸君が私の上に馬のりになり、心臓マッサージをして助けてくれたことです。助かりました。私のいのちの恩人です。

彼は残念ながら、中学三年を終えるとパウロ会を去っていき、その後、若くして亡くなったと聞いています。私は、小さい時から、学校の砂場の鉄棒にぶらさがったりするのが好きな子どもでした。

福岡のパウロ会に入会した最初の一年後、優秀だった友が去ったのは、今でもとても残念に思っています。

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