12. 勉学に信心のファイト満々――マスコミの先駆者アルベリオーネ神父

実家では神学生ということで、窓から聖マルチノ教会の見える二階の小さな部屋をもらい、勉強、読書、信心業などをしていた。朝からミサに行き、聖体拝領をしていた。いつも一番乗りで、まだ聖堂のあいていないうちに来て聖堂のあくのを待っていた。

同級生のビンチェンツォ・カリアノ(Vincenzo Calliano)は、神学生ヤコブの人柄を語る。「ヤコブは、どの点からみても申し分のない神学生であった。非常に信心深い神学生であった。ご聖体をうやうやしく拝領し、すべての規則を完全に守っていた。また同級生や先生たちも感心するほどよく勉強していた。ヤコブは人がよいので、みんなに好かれ、人気があった。」

一九○四年(明治三七年、日露戦争当時)、二○歳のヤコブは神学三年生であったが、長上たちの許可を得て、聖トマス・アクィナスについての「神学研究会」をつくり、四か月かけて、聖トマスの記念講演を準備した。会員の研究テーマは、「思想混乱の中における思想のトマス学派的根拠」というものであったるこの一般テーマに基づき、ヤコブの指導で多くの神学生から意見を引き出し、討論した。このテーマは、ヤコブにもってこいの研究課題であったので、たいへんな勉強になり、実りも大きかった。この研究は霊的にも大きなプラスになり、これからの種々の研究の糸口にもなり、生活の導きにもなった。

ヤコブは、以上の研究から得た霊感を、こう述べている。「真理のないところ、あるいは、少なくとも真理への愛のないところに成聖はありえない。知性の成聖は第一だ。理づめをしなければ、方向が定まらない。形而上学がなければ、広い視野がない。教会の中しか、確実な道はない」と。同級生イシドロ神父の回想によれば、「ヤコブはいろんな問題について正確な認識をいだき、その判断は、ふしぎにも当たっていた。ヤコブは、たえまなく高尚な考えに没頭し、黙想していた。それでもいろんな事業をやってのけた。自己の核心と神との間に深い一致があったが、ヤコブは、この一致から原動力をムダなく吸収していたわけである。」

・池田敏雄『マスコミの先駆者アルベリオーネ神父』1978年

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現代的に一部不適切と思われる表現がありますが、当時のオリジナリティーを尊重し発行時のまま掲載しております。

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