惜しみなく与える マタイ21・33~43(年間第27主日)

新宿駅から中央線に乗って松本方面へ行くと、種々の光景に出会います。八王子駅あたりまでは建物が密集し、高尾駅や相模湖駅あたりからはちょっとした山岳地帯に入り、小高い山と田園風景が目を和ませてくれます。大月駅まで来ると、山や田園風景とともに、高速道路の入り乱れた光景が目に入り、ここは交通の要衝で分岐点だと感じます。やがて笹子トンネルに入り、そこを抜けると武田家終焉の地でもある甲斐大和駅。さらに進むとこれまでとはまったく違う甲府盆地に広がった勝沼のブドウ畑が飛び込んできます。八月上旬あたりにそこを通ると、袋がかけられたぶどうが目につき、収穫の時期も近いなあと感じます。

小学生の頃、父がブドウを栽培していて、手伝いをしたものです。八月上旬から下旬にかけてが収穫の時で、「キャンベル」という品種のブドウを栽培していました。黒くて甘味のあるものです。収穫まで袋をかけますが、袋がかかっていないブドウもあり、そこには斑点がついていました。父に「どうして斑点がついているのかなあ?」と聞くと、「それは蜂がつついたためだ」との答えでした。それを食べてみると日光にも当たり、蜂蜜が入っているようで、袋のかかったブドウよりも甘く感じました。蜂は本能的に、どのブドウが甘いのかをよく知っているのかもしれません。

さて今日のたとえでは、ぶどう園での収穫の話が出てきます。主人にとっては一番うれしい時でしょう。ところが、「小作人たちは僕を捕まえて、一人を打ちたたき、一人を殺し、一人を石打ち」にします。たくさんの人を送り、最後に地主は「わたしの子なら、恐れ敬うに違いない」と考えて、自分の子を送ります。ところが息子を捕まえてぶどう園の外に放り出し、殺してしまいます。

こうした中で、主人はたくさんのしもべたちや最愛の息子を惜しみなく送っていきます。それほど収穫の喜びは大きいものです。実りのためには、どこまでも惜しみなく与える神の愛が伝わってきます。

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