祈り続けるという種 年間第20主日(マタイ15・21〜28)

私が小学校5年生の頃に麻疹(はしか)の菌が原因で盲腸炎を起こして入院したことがあります。術後の痛さは、かなりのものだったと記憶しています。母は、私のその苦しみを見て、「私があなたの苦しみを変わってあげられたらいいのにね。」と言ってくれました。この言葉だけは、今でも私の心に残っています。親の愛情は、自分が身代わりになってでも、100%子のために注ぐものなのだと思います。

きょうのみことばは、イエス様がカナンの女の子どもを癒す場面です。イエス様は、「ティルスとシドン」地方に退かれます。そこは、地中海沿岸で異邦人の町でした。なぜそこへ退かれたのかは分かりませんが、もしかしたら、このカナン人の女性に会い、彼女の子を癒すためではないでしょうか。パウロは、「わたしは異邦人のために使徒であればこそ、この奉仕を尊び、何とかして同胞に妬みを起こさせ、そのいく人かでも救おうとしています。」(ローマ11・13〜14)と伝えていますように、イエス様も異邦人の母親の娘を癒すことで、イスラエル人の救いを願おうと思ったのかもしれません。同時に、おん父の愛がイスラエル人だけではなく、異邦人に対しても開かれていく、「あなた方は行って、すべての国の人々を弟子にしなさい」(マタイ28・19)という意味もあったのではないでしょうか。

イエス様の宣教のニュースは、ユダヤ人たちだけに留まらず、異邦人たちの耳にも届いていたのでしょう。イエス様がティルスとシドン地方に入られたことを耳にしたこの母親は、何とかして悪霊に憑かれた自分の娘を癒して欲しかったのです。そのため、イエス様と弟子たちの列の後ろの方から、「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。娘が悪霊に憑かれて、ひどく苦しめられています」と叫びます。彼女にとってこの叫びは、周りの目を気にすることなく、彼女にとって異邦人であるユダヤ人であり、しかもメシアではないかとも言われているような方に自分の娘を救って欲しいと願う母親としての愛と言ってもいいでしょう。

この女性の叫びに対して、イエス様の反応は意外なものでした。イエス様はご自分の所に、癒しを求めて来た人たちには、彼らの願いを聞き入れられ癒されましたし、出血病に悩まされた女性に対しては、イエス様の衣の房に触れただけで癒されています(マタイ9・20)。しかし、カナンの女性に対しては、「イエスは一言もお答えにならなかった」とありますように、無視されています。この母親の叫び声は、弟子たちがイエス様に「この女を追い返してください。後ろで、叫び続けています。」と願うほど悲痛なものでした。弟子たちが言う「追い返してください」というのは、「解き放つ。病気から解放する。願いを聞き入れる」という意味として用いられていて、けっして、邪魔だから「追い返してください」と願ったのではないようです。

この時のイエス様の心は、どのようなものだったのでしょう。本当は、直ぐにでも癒してあげたいと思われていたのかもしれません。しかし、あえて、イエス様は、「一言もお答えにならなかった」のです。さらに、「わたしはイスラエルの家の失われた羊のためにしか遣わされていない」とお答えなられます。この言葉は、この母親の心に深く傷を負わせたことでしょう。しかし、それでもなお「主よ、わたしをお助けください」と言います。この母親は、自分はどんなに侮辱されてもいい、娘を思うこの苦しい私の願いをどうぞ「助けてください」とイエス様に願ったのでしょう。

イエス様は、さらに「子供のパンを取り上げ、子犬に与えるのは、よいことではない」と、母親を「子犬」とまで言われます。そこまでイエス様に言われた母親も必死でした。「主よ、ごもっともです。しかし、子犬も主人の食卓から落ちるパン屑を食べます」と答えます。彼女が言う「食卓から落ちるパン屑」というのは、ただパンを食べる時に落ちる「パン屑」ではなく、食事の時に口の周りや手につい着いた肉や魚の汚れを拭き取ったものだったようです。今で言うティッシュペーパーや紙ナフキンと同じと考えていいかもしれません。

イエス様にとってこの奇跡は、彼女を無視し、侮辱するような言葉まで使われてでも彼女の願いを叶えるほど苦しいものだったのではないでしょうか。イエス様は、「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの望み通りになるように」と言われます。イエス様もこの一言を早く言われたかったことでしょうし、彼女もこの一言を聞いてどんなに喜んだことでしょう。

私たちは、彼女のように真剣にイエス様に願っているでしょうか。私たちは時々、「こんなに祈っているのにどうして聞き入れられないのだろう」と思う時があります。ときとしてその祈りは、自分の都合の祈りとなっているのかもしれません。私たちは、どんなに苦しみや侮辱を受けたとしても、イエス様のいつくしみの愛に希望と信頼をもって、祈り続けることができたらいいですね。

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