言葉と行ない 塚本修治修道士

小学生のころ、教会では公教要理の勉強があり、部屋(現・お告げのマリア修道会)の教え方さんに授業を受けていた。

要理の最初の質問に、「人に最も必要なものは何ですか」という問いだった。答えは、「宗教であります」と教わった記憶がある。

宗教にもたくさんある中で、代表としては三大宗教と言われる仏教・キリスト教・イスラム教がある。それぞれの宗教において、信仰を守り、全うすることが大切である。

私たちの日常生活においては、「衣・食・住」はもちろんのこと、また「言葉と行ない」も大切なことと言える。

言葉と行ないには、「叱る、怒る、喜び、悲しみ、笑い、励まし」など、喜怒哀楽の現れで全人格が生まれる。まさに十人十色。

終生誓願(1981)

他人の人格を判断するのは容易ではない。生活態度における行動、言葉遣い、知識などから人格が現われるが、私たちはどうしても自己中心的に捉えることが多い。すべての人に対して尊敬の心を持たなければならない。

言葉が悪ければ、人間性を問われる。行ないが悪ければ、人間性を疑われる。人は生まれた時から言葉を聞き、親の行ないを見て育っていく。そもそも人間の生い立ちは言葉から始まり、行ないをとおして完成されるのではないだろうか。

私たち一人ひとりも、それぞれの歩む道において、身近な人たちの言葉から、人生は大きく変わっていく。互いに愛する人がいれば、その人と人生を共に過ごしたい、という気持ちをもって結婚に至り、神に仕えるため生涯を主に捧げたいとの望みから、司祭・修道者への道を選ぶ。それも親からの勧めであったり、友人からの勧めであったり実にさまざま。しかし、生まれ育った環境においては運命が変わっていくのも確かである。

誓願25周年(200年)

先祖代々カトリックであったことから、私は熱心なカトリック信者の家庭の中で生まれ育ち、教会が近いところにあること、小学生時代から毎朝、両親と共にミサに与り、次第に信仰が深まっていったこと、神に対する思いが強くなった……。

兄弟姉妹の中でも、司祭が一人。兄のあとについて行きたいという希望も膨らみ、小学校を卒業間近になると、親からの勧めで入会が決まった。

誓願25周年(2000年)

当時、聖パウロ修道会の志願院は、福岡の中央区小笹にあり、十人の仲間が集まった。中二・中三の先輩方も各学年十名ぐらいの人数で、それはもう大変な賑わいで楽しい生活だったと思い起こす。全国各地から集まった子供たちだったので、言葉も方言なまりで楽しくもあり、喜怒哀楽も刻まれた。

今までの歩みの中で、言葉と行ないによって、自分自身を見失ったり、希望を失くしたりすることも、数知れないほどあった。他人の言葉によって、激しく心が揺さぶられたり、他人の行ないを見て大きく影響を受けたり、そういう感情が身に振りかかった時、生涯の自分を見つめる機会も往々にして増してきたものだった。自分の言葉が、他人に対して傷つけるようなことはなかっただろうか、自分の行ないが、悪影響を及ぼしていないだろうか、と心配することもあった。しかし、他人に注意をされることがなければ、自分の言葉と行ないは自分自身に甘えてしまう恐れもある。「他人の振り見て、我が振り直せ」という言葉があるが、それは、善い行ないを見習い、誤った行ないは避けなければならない。また、誤解を招くような「言葉(悪口)と行ない」も避けたい。

「兄弟の皆さん、互いに悪口を言い合ってはいけません。兄弟の悪口を言ったり、裁いたりする者は、律法の悪口を言ったり、律法を裁いたりすることになります。あなたがもし律法を裁くならば、律法の実践者ではなくて、律法の裁き手です。律法を定め、かつ裁くかたは、一人であり、そのかたは救うことも、滅ぼすこともできるのです。隣人を裁くあなたは、いったい何者ですか。」(ヤコブ4・11─12)

正しい判断、そして人間性を養い、これからの歩みにおいて、正しい「言葉と行ない」が代々に伝わることができるよう祈りたい。

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