聖パウロ修道会との出会い「主よ、み旨のままに」 七種一一 修道士

私の入会を受け入れ、修道会に導いて下さった神様に感謝したいと思います。

小学生のころは「ラテン語」を丸暗記しながら「侍者」をしていました。若い二人の青年(聖パウロ会の志願者)から三つ折りのパンフレットを渡されました。この「パンフレット」には、創立者の写真と、フイルム、映写機、電波塔などが印刷されていました。聖パウロ修道会を知る最初の出会いでした。

入会は1960年8月26日(土)。中学2年の夏の終わりの頃で、教会(カトリック三浦町教会)は堅信の準備のため同級生が集まり、勉強の真最中でしたが、私は入会のために福岡へ向かいました。

1968年3月19日(火)。修道会の会員、両親をはじめ大勢の方々の見守る中で、初誓願を宣立しました。修道名は、ツールのマルチノ。初誓願記念のご絵には「主よ、み旨のままに」と、短い言葉にしました。私が覚え易く、「ハイ」と答えることができるようにとの思いからですが……。

1968年

1974年6月30日(日)、初誓願と同じように修道会の会員、両親をはじめ大勢の方々の見守る中で、終生誓願を宣立しました。この日は、創立60周年、来日40周年、赤波江神学生の司祭叙階式、今は亡きパウロ山野修道士の25周年となかなか盛大でした。終生誓願の記念のご絵には、初誓願と同じように「主よ、み旨のままに」としました。これは、初誓願を宣立した時と同じ気持ちでと思ってです。

1974年

聖パウロ修道会は、信心、勉学、使徒職、清貧という四つの柱があり、車の四輪にたとえられます。私はこの四つの柱をどう生きているか、車は上手に動かしているか、入会して49年になりますが、この間に修練、初誓願、終生誓願を受け、この四つの柱をどれだけ理解し、自分自身の修道生活の糧としているのか考えているところです。

1993年

入会の時、主任神父より額をいただきました。そこには「神さまだけはわかってくださる」とありました。修道生活を続けなさいと「解って」きたような気がしています。

聖パウロ会を知る最初にきっかけは、あの三つ折の『パンフレット』でした。現在は、福岡修道院「サンパウロ福岡センター」で、書店と教会訪問を行っています。訪問先の教会では、土地柄というか長崎弁が飛び交い、私も長崎弁(これはちょっとあやしい)を使い、信者の方々とのコミュニケーションを取っています。

「主よ、み旨のままに」頑張りたいと思います。感謝のうちに!

(七種一一 修道士)

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