53年前の希望の丘を見てみた

とまにちわ!

会員たちのエッセイとか日々の出来事が載っている、聖パウロ修道会の情報誌『希望の丘』。そもそも『希望の丘』って、いつから発行されたものだか、よく分かってない自分。

そういえば、入会前に『希望の丘』を渡された時が、初めての出会い。『希望の丘』を読んで、修道生活っていうのは、こういうことなのか!と思って入ってみたものの、現実はいろいろと違うこともあるものなのね!!と、だんだん分かったりしたものです(苦笑)。

そんな『希望の丘』の古い号を図書室で発見! 昭和39年発行の第15号(創刊号は見当たらず)。今回は、その内容をちらっと見てみます。第15号は「聖パウロ修道会創立50周年」と「聖パウロ修道会来日30周年」の記念号!!

当時の日本の管区長はグイド・パガニーニ神父。創立50周年にあたって、こう書いていました。

「聖パウロ修道会の特殊の使徒職は、第2バチカン公会議におけるマスコミ憲章の精神に従い、マスコミの近代的手段を通じて、教会の精神を実践化するまでに至らなければなりません。私たちの使徒職は、キリストの後継者と積極的に協力するだけでなく、魂の善のために、自分のすべてを捧げることを要求しているのです。」

迷いがない。最高です。

他には「人生の目的 神の栄光と救霊 右から行くには」という質問コーナー。

「(質問)パウロ会に入りたいと思っていますが、周りの人たちが、お前なんかだめだ、と言います(中略)修道会に入るのにふさわしいと言える人はどんな人ですか? どんな性質があると入会の邪魔になりますか?」

「(答)ただ家庭がおもしろくないからだとか、なにかに失敗して人前にも出られないから、とかいうことで入会するのは正しいことではありませんし、修道会でも受け入れることはできません。」

一問一答で、きっぱりNO! と言い放っています。最高です。

さらに、現在の日本管区長の鈴木神父が、中学3年生の時に書いた文章も載っていました。タイトルは「母の死」。

「あの時泳ぎに行かなければよかった。母親が死ぬ日に泳ぎに行く息子がどこにあろうか。(中略)ぼくが司祭になったら、れんごくで苦しむ霊魂、特に母のため、並びに、忘れられた霊魂のために、できるだけ多くのミサをたててあげよう。そうすれば、ぼくは聖徳への道、救霊への道を、すべりおちることなく最後までしっかりと登っていくことができるだろう。」

管区長にそんな過去があったなんて! おまけに、中学3年生で文章が超しっかりしてるし、ちゃんと司祭にもなってて最高です! というか、こんなピュアな文章読んだら、あとはもう泣くしかない。

TomaP

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