二羽(庭)の雀 年間第12主日(マタイ10・26~33)

子どもの時の印象が強いためか、「二羽の雀」と聞くと、ついつい「庭の雀」を思い出してしまいます。しかも害をもたらす「庭の雀」。

小学生の頃、毎年秋になると稲刈りをし、稲穂を田んぼに数日間干した後、家の庭先で脱穀し、さらにそれをムシロの上に乗せて広げていたものでした。天気がよい日には、乾きがよいのですが、これ幸いとばかりにたくさんの雀がやってきます。あちこちピョン、ピョンと飛び跳ね、せっかくバランスよく広げた米を散らかしたりします。そのイメージが強いためか、私にとって雀は害鳥のイメージがしっかりと焼きついています。

「国語辞典」の中にも雀について「稲の穂などをついばむので、農民にはきらわれるが、害虫をよく食べる」「雀の涙」(ごくわずかな量のたとえ)、「雀百まで踊り忘れず」(幼い時に覚えたことは年をとっても忘れない)。何となく共感できるものがあります。

さて聖書の中で雀はどのような存在でしょうか。「二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか」(マタ10・29)と言います。価値の低いものではあっても、大切な存在であることを語るメッセージです。1アサリオンはローマの青銅貨で1デナリオンの16分の1にあたります。その当時、1デナリオンが一日の賃金ですから、仮にそれを一万円とすると、1アサリオンは625円程度になります。1羽は300円程度だと、高いのでしょうか、安いのでしょうか…。ちなみに、私の父が養鶏場の仕事をしていた時、卵を産まなくなった雌鳥を処分し、近くの人たちに300円程度で売っていたのを記憶しています。

スウェーデンの歌手でレーナ・マリア・ヨハンソンさんという方がいます。彼女の歌の中に「二羽の雀」にちなんだ歌があります。二羽の雀でも神様は大切に養い育ててくださるメッセージが語られていて、澄んだ声とともにとても感動します。彼女自身「障がい」を持っていますが、それを乗り越える歌声と心に響くメッセージです。

どんな人も大切にしてくださる神様の愛を、二羽の雀のたとえから味わってみたいものです。

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