聖チリロ(アレキサンドリア)司教教会博士

アレキサンドリアの司教聖チリロの記念日は6月27日です。チリロは、エジプトで378年ごろに生まれ、412年に、おじのテオフィロを継いで、アレキサンドリアの司教となりました。司教となる前は隠遁修道者であったとする伝承もありますが、史実は明らかではありません。

司教となってからのチリロは、前任者の宣教・司牧方針を引き継ぎ、教区のキリスト教化と異端の排除に努めました。異教徒や異端的思想に従う人たちに対する彼の厳しい姿勢は、ときとして財産の没収や教区からの追放をも伴うものでした。このような彼の姿勢は、しばしばローマ総督との衝突を引き起こしていました。

しかし、チリロの名前が教区を超えて広く知られるようになるのは、428年にネストリウスがコンスタンチノープルの司教となってからです。ネストリウスは、キリストのうちに神としてのペルソナと人としてのペルソナの2つのペルソナが混ざり合うことなく存在していて、いわば人としてのペルソナが神のペルソナをみずからの中に包み込んでいるのだと主張しました。チリロは、すぐにアレキサンドリアの教会会議を開き、ネストリウスの主張を異端として斥けました。ネストリウスの主張がキリストの一体性を損うものであったからです。ローマの司教もネストリウスの考えを斥け、自分たちの決定をネストリウスに告知する役割をチリロにゆだねました。チリロは、これに激しい弾劾文を添え、ネストリウスがただちに主張を取り下げない場合、司教位のはく奪と破門を宣告する旨を言い渡しました。しかし、ネストリウスはコンスタンチノープルの司教としてこれを拒絶しました。

そこで、ローマ皇帝テオドシオス2世は、この問題の解決のため、エフェソに公会議を招集しました。公会議は431年6月5日に始められる予定でしたが、ローマ教区の代表団、アンチオキア教区の代表団の到着が遅れ、開会が延期されました。ところが、チリロは彼らの到着を待つことなく、6月22日に会議を始め、ネストリウスの破門と司教位はく奪を宣言しました。ネストリウスはすでにエフェソに到着していましたが、チリロの始めた会議が違法であるとしてこれに出席していませんでした。その2日後にアンチオキア教区の代表団が到着すると、彼らはチリロが主導してなされた決議に署名をせず、逆にネストリウスに対する破門宣告を覆し、違法な形で公会議をおこなった責任者としてチリロとエフェソの司教の司教位はく奪を宣言しました。ところが、7月10日にローマ教区の代表団が到着すると、彼らはネストリウスの主張が異端であると宣言し、さらにはアンチオキア教区代表団の破門をも宣告しました。ローマ皇帝は対話の道を探りますが、両陣営の対立は激しく、結局、公会議は閉会となり、すべての決議は無効とされる一方で、ネストリウス、チリロらはしばらくの間、ともにエフェソに監禁されることになりました。その後、ネストリウスは司教位から下りて、アンチオキアに退き、チリロはアレキサンドリアの司教を続けました。ネストリウスの主張によって生じた対立は、最終的にアレキサンドリアの司教チリロとアンチオキアの司教ヨハネが433年に一致の文書に署名し、ネストリウスの考えを異端として斥けることで収拾しました。チリロは、その後もアレキサンドリアの司教として精力的に活動を続け、444年6月27日に亡くなりました。

ネストリウスに対するチリロの批判とその神学思想は、その後のカルケドン公会議でも採り入れられ、教会の歩みに大きな影響を与えました。チリロが多くの著作を執筆したこともあり、これらはラテン語、シリア語にも訳されて、各地に広まっていきました。それにしても、ネストリウスとチリロの論争は、神であり、人であるキリストの神秘を理解し、表現することがいかに難しいかを示しています。一方で、神であるということと、人であるということは一つに解消することのできないものです。神は全知全能であり、無限であり、普遍的である方です。しかし、人はすべてを知ることはできませんし、能力にも限りがあります。その一方で、キリストは一なる方です。どちらを強調するかによって、キリストの神秘理解も異なってきます。ネストリウスは、行き過ぎたとらえ方をしたとはいえ、アンチオキア的思想を継承しています。アンチオキアの思想は、キリストのうちにある神性と人性の区分を強調していました。

ネストリウスは、神性と人性が異なる主体としてキリストのうちに共存していると理解しました。つまり、キリストのうちに神である主体と人である主体の2つが共存していると考えたのです。そして、「テオトコス(=神の母)」というマリアの称号を否定しました。マリアは人であるキリストの母ではあっても、神であるキリストの母ではないということになるからです。

これに対して、チリロは、キリストのうちに神性と人性が存在するとはいえ、キリストが主体として一つのもの(一つのペルソナ)であることを強調するアレキサンドリア的思想に根ざしています。しかし、この思想も行き過ぎてしまうと、キリストの神性と人性を一つの本性に解消してしまう異端に陥ってしまいます。

チリロの功績は、ネストリウス派の異端に対して、徹底して正統信仰を擁護したことにあります。しかし、彼の主張が正統であるとはいえ、彼のとった方法はキリスト教的に見てふさわしいものであったのでしょうか。上述したように、この時代は神学的にも表現が確定していく途上にあり、まださまざまな説明方法が模索されていました。そして、この歩みは教会の中心的存在であったいくつかの教区の関係や、各地の思想的、政治的、社会的要素をも巻き込んで、複雑に進んでいきました。こうした状況の中で、逃げ道を与えないチリロの厳しい姿勢が、相手の姿勢をかたくなにし、無用な対立を引き起こしてしまったのも事実でしょう。しかし、同時に、ネストリウスがコンスタンチノープルという権威ある教区の司教であったことを考えれば、彼に対抗するためには、チリロに妥協や譲歩がゆるされなかったことも事実でしょう。愛に基づく対話をおこなうことと信仰の真理に固くとどまることとを両立させ、調和させていくことは簡単ではありません。それは、具体的な現実の中で常に探求されるべき課題なのです。

さて、聖チリロ司教教会博士を荘厳に祝うミサでは、マタイ福音書5・13-19が朗読されます。マタイ5・13-16は、キリスト者を地の塩、世の光にたとえた教えです。山上の説教の荘厳な始まり(5・1-2)、真福八端(5・3-12)に続くこの教えは、どうやら山上の説教全体の総括のような意味合いを持っているようです。その後にパターン化されて繰り返される教え(5・17-48、6・1-18)が続いているのに比べ、この教えだけが独立しているからです。また、5・17-19は、20節と合わせて、21-48節の教えの導入の教えであり、イエスの到来と律法に関する教えです。

5・13-16では、キリスト者が「地の塩」、「世の光」にたとえられています。「塩」は、古来より非常に重要なものとして重宝されてきました。しかし、塩を塩だけで食べる人はいません。塩は、料理に味付けをし、人間にエネルギーを与えていきます。また、「光」も周りを照らすものとして取り上げられています。どちらの教えも、キリスト者が自分自身のためではなく、ほかの人々のためにある存在であること、しかもほかの人々にとって必要不可欠な存在であることを示しています。とはいえ、キリスト者が与える塩味、輝かせる光は、自分自身の中にあるものではありません。それは、神から来るものです。だから、人々はキリスト者の塩味を受け、キリスト者の光に照らされて、神を知ることができるのです。つまり、「あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになる」(5・16)のです。ここに、キリスト者の使命があります。

キリスト者がこの使命を実現するためには、キリストをとおして、父である神を見つめ、そのみ心を知り、それに従って生きることが必要です。キリスト者にとって、キリストの到来は不可欠な要素です。だから、5・17は、「わたしは来た」というイエスの宣言で始まっているのです。イエスが来られたことにより、わたしたちは神のみ心を表す律法の意味を完全に知り、これを生きることができるようになります。5・21以降の教えは、「あなたがたも聞いているとおり、……と命じられている。しかし、わたしは言っておく」という言葉で、イエスの教えが述べられています。ここで取り上げられている教えは、律法の中でも、祭儀に関するものではなく、ほかの人とどのようにかかわるかという点に関するものです。キリスト者の目的は、「あなたがたの天の父の子となる」(5・45)ことです。「あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」(5・48)。このようにして、キリスト者は御父の恵みを受けてほかの人々にそれを与える者、御父の光を輝かせる者となるのです。

ここからも分かるとおり、キリスト者の使命は、常に2つの方向を向いています。第一に向かう方向は神です。わたしたちの「塩」、「光」は常に神から来るものでなければならず、それ以外のものは排除されなければなりません。しかし、同時にわたしたちはほかのすべての人に向いていなければなりません。たとえ、それが罪人や敵対者であったとしても、わたしたちは誰一人排除してはならないのです。それは、まさにわたしたちが神に向かっており、神がそのように望んでおられるからです。天の「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」(5・45)方なのです。

この神とわたしたちとを結ぶ方がキリストです。キリストは、天からわたしたちのもとに来られ、御父を示すお方として、完全な意味で「地の塩」、「世の光」となってくださったからです。だから、わたしたちは、ほかの人々の救いのために奉仕をするというキリスト者としての使命を果たすうえで、このキリストに学び続けていかなければなりません。「仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来た」(20・28)キリストのように、「柔和で謙遜な者」(11・29)として、福音を揺るぎなく伝えることができるまで。聖チリロは、異端との闘いの中にあって、アレキサンドリアの司教としてこの歩みをおこないました。わたしたちも、みずからの置かれた場にあって、それぞれの立場をとおして、この歩みをおこなうように招かれているのです。

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