聖アロイジオ・ゴンザガ修道者

6月21日に祝われる聖人、アロイジオ・ゴンザガは、1568年に、ゴンザガ家の一つであるカスティリオーネ侯爵家の長男として生まれました。ゴンザガ家は、当時イタリアのマントヴァを中心に隆盛を誇っていた一族でした。アロイジオは、フィレンツェのメディチ家、マントヴァのゴンザガ家、スペイン国王フェリペ2世といった名だたる王侯貴族の家に預けられ、養育されていきます。その中で、彼は学問においても非凡さを示し、また性格も活発で開放的であり、社交的手腕にもたけていたため、カスティリオーネ侯爵の継承者として将来を嘱望されていました。

その一方で、信仰面においては、特に母親の影響を受けて育てられ、次第にキリストとのきずなを強く感じるようになり、修道生活への望みも芽生えていきました。しかし、父親は、アロイジオが長子として当然侯爵家を継ぐと考えていたうえ、彼の非凡な才能を見て大きな期待を寄せていたため、アロイジオが修道者になることには強く反対しました。

しかし、アロイジオは修道生活への望みを貫き、継承権を弟にゆずって、イエズス会に入会しました。彼は、人々にいのちを与えるためにご自分のいのちをささげてくださった神にならい、すべての人の救いのために自分のすべてをささげて活動をすることを望み、使徒的活動を柱とした修道会であるイエズス会を選んだのでしょう。それは、1587年のことでした。アロイジオは、修練期や神学生としての時期をとおして、キリストの呼びかけをますます敏感に感じ取り、キリストの望みに全面的に自分をささげたいとの思いを強くしていきました。

そのような時期、1591年の春に、ローマでペストが大流行しました。多くの人々が感染し、隔離され、亡くなっていく中で、アロイジオはキリストへの愛と人々への愛に駆られて、特に見捨てられた貧しい患者たちのもとへ入り込んでいき、彼らの看病に尽力しました。しかし、アロイジオ自身もペストに感染し、同じ年の6月21日に天の御父のもとへと召されていきました。

アロイジオについては、有力な貴族の出身で、しかも爵位継承の資格を持つ者であったこと、それを捨てて修道生活を選んだこと、そして実際に貧しい病者のために身をささげ、若くして死んでいったことから、ともすると、道徳的に腐敗した社交界と信仰に根ざす修道生活とを対比させて、アロイジオを清さの象徴とするような、あまりにも単純化しすぎた理解をしてしまうことがあります。しかし、爵位継承の責任をだれよりも強く感じていたのは、アロイジオ自身だったはずです。侯爵家の長子として、その務めを受け入れ、忠実に果たすこと、その重大さをアロイジオは自覚していたことでしょう。そして、このような務めを受け入れることによって、社交界にキリスト教的価値観を育むことが可能であり、それもすばらしい生き方であることを理解していたことでしょう。アロイジオは、腐敗した世界から清い世界へ移ろうと考えていたのではありません。キリストの愛を生きるためのさまざまな可能性を感じ取りつつ、ただ神の呼びかけに従ったのです。爵位継承の務めと侯爵としての宣教の可能性を理解しながらも、キリストが自分を修道生活へと呼んでおられることを明確に意識してしまったがために、その声に従わないではいられなかったのです。

ペスト患者の看病のために身をささげたのも同じ理由によるのでしょう。ペストの患者たちの中に入っていけば、いずれ自分も感染してしまうことは、容易に理解できたはずです。イエズス会の司祭になるための準備をしていたことを思えば、ある意味で彼の死は道半ばでの死であったわけです。しかし、アロイジオは自分に語りかけてくださるキリストの声に従わずにはいられなかったのです。「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ25・40)。突きつめていけば、爵位継承の資格を弟に譲ったのも、イエズス会に入ったのも、ペスト患者の世話に献身したのも、すべては愛に満ちたキリストの呼びかけに従った結果なのです。

さて、聖アロイジオ・ゴンザガを荘厳に祝うミサでは、マタイ22・34‐40が朗読されます。イエスを言い込めてしまおうとしたサドカイ派の人々が、逆にイエスに言い込められてしまった(22・23‐33)と聞いて、今度はファリサイ派の人々が集まります。そして、律法の中でどのおきてが最も重要かについて質問します。イエスは、第一のおきてとして、神である主への愛を取り上げます(申命記6・5の引用)。そして、第二のおきてとして、隣人への愛を取り上げます。この二つのおきては「第一のおきて」、「第二のおきて」と言われていますから、神への愛のほうが隣人への愛に優先します。しかし、「第二も、これと同じように重要である」(39節)と言われていますから、重要度においては、どちらも同じなのです。そもそも、イエスはどのおきてが最も重要かと問われているので、「第二のおきて」について述べる必要性はありませんでした。それでも、イエスは「第二のおきて」を加えています。つまり、この隣人への愛は、神への愛と切り離すことができない、重要なおきてであるということなのでしょう。

このことは、神への愛について用いられている表現、「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして」(37節)にも表れています。この表現は、直訳すると「心の全体をもって、精神の全体をもって、思いの全体をもって」となります。したがって、愛の度合いを意味するだけでなく(「すべてを尽くして」)、むしろその全面性(「全面的に」)を意味しています。神を愛するときには、心、精神、思いといった内面のすべてが神への愛に向けられなければならず、二心や下心は排除されなければならないということです。すべてが神への愛に向かうのですから、隣人への愛もこれと別方向に向かう愛であってはなりません。だから、隣人愛は、神への愛と異なるものではなく、神への愛の表れなのです。人は隣人を愛することによって神を愛するのです。

マタイ福音書の特徴の一つは、イエスが「律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている」(40節)と総括していることです。「律法と預言者」という表現は、聖書(わたしたちにとっての旧約聖書)の呼称の一つです。「律法の中で」どのおきてが重要か問う律法学者に対して、イエスは律法どころか聖書全体がこの二つのおきてに基づいていると言われるのです。

ところで、マタイ7・12にはこれと似た表現が用いられています。「だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である」という表現です。ここでも、「律法と預言者」という表現が用いられ、聖書全体の教えを要約するものとして教えが述べられています。「だから」という言葉が用いられているので、これは直前の教えの結論として述べられていることになります。直前の教え(7・7‐11)は、「求めなさい。そうすれば与えられる」という言葉から始まっていて、悪い者である人間でさえ自分の子どもに良いものを与えるのだから、まして神は求める者に良いものを与えてくださるはずであると結んでいます。7‐11節では神と自分との関係が、12節では自分とほかの人との関係が述べられています。そこで、神は善い方だから、わたしたちが求めるものを必ず与えてくださるということ(7‐11節)、しかしこの神のなさり方はほかの人に対するわたしたちのふるまいにも根本的な影響を及ぼすのであって、人にしてもらいたいと思うことはまずわたしたちがしなければならないということ(12節)になります。マタイ22章では「愛」という異なる表現が用いられていますが、第一に神とわたしたちの無償の関係があって、それが必然的に隣人に対するわたしたちの関係を規定していくという点では共通しています。イエスは、この点を聖書全体の中心と考えておられるのでしょう。

神からの無償の愛と恵みがまずあって、それが神に対するわたしたちの全面的な愛を呼び起こし、それが人々への愛となって表現されていく。アロイジオは自分の生活のすべてを、この視点から読み取り、実践していった聖人だと言えるでしょう。わたしたちも聖人にならって、神の愛の大きさ、恵みの豊かさを具体的に感じ取り、日常の一つひとつの出来事や人との関わりを神への愛の表現として生きることができるようになりたいと思います。

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