聖霊降臨

「そんなことも分からないのか」

私がローマで勉強を始めた時に何度も聞かされた言葉です。イタリア語がよく分からないことはしかたありません。しかし、言いたいことが山ほどあるのに何も言えない、相手より自分の方が正しいと思っても主張することができない、これは実際に体験してみると本当に悔しいものでした。そんな時期に(イタリア到着後しばらくして聖霊降臨の主日がめぐって来ました)、この聖霊降臨の箇所を耳にしたものですから、「自分にも聖霊がくだっているはずなのに、イタリア語はなかなか話せるようになれないなあ。どうしてだろう」と真剣に考えたものでした。

今回取り上げる箇所は、使徒言行録2章1〜13節で、主の復活から50日後に、弟子たちの上に聖霊がくだる場面が描かれています。聖霊が一人ひとりの上に留まると、弟子たちは「霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだし」(4節)ます。そのころ、エルサレムには「天下のあらゆる国から」人びとが来ていましたが、「めいめいが生まれた故郷の言葉」(8節)で神の偉大な業を聞いたため、驚いてしまいます。

聖書の考え方では、人びとの間の言葉の違いというのは創世記の「バベルの塔」の出来事(創11章1〜9節)に由来しています。そのころ「世界中は同じ言葉を使って、同じように話して」(1節)いましたが、人びとが「天まで届く塔のある町を建て、有名になろう」(4節)としたため、神は「彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにして」(7節)しまいました。

私たちの間には確かに「言葉の壁」があります。これは別に外国語に限ったことではありません。それは身近なところにも、たとえば世代間にもあるようです。以前、あるコマーシャルで、娘の話す言葉に「なぜ(言葉を)略す?」と言いながら食ってかかる父親の姿が出てくるものがありましたが、簡単に笑い飛ばすことのできないものを感じたのを覚えています。父親は必死なのに、娘は父親がなぜそんなことに必死なのか分からない、親にとって大切なことが娘にとってはそうではないわけです。言葉の壁というのは、いわばコミュニケーションの壁です。仕事場でも、家庭でも、相手のためにと思いながらやっているのに、「分かり合えない」苦しみを感じ、何かやり切れない思いでいる人も多いのではないでしょうか。

使徒言行録が語る聖霊降臨は、こうした言葉の壁、コミュニケーションの壁が、不思議なしかたで乗り越えられたことを表しています。しかも、人びとは同じ言葉を話すようになったのではありません。「めいめいが生まれた故郷の言葉」を話しながらも、分かり合えるようになったのです。

イタリア語を学びながら感じたことですが、言葉を理解するには、文法や単語を勉強するだけでは不十分で、その土地の人びとの感性、考え方、文化までも理解しなければ本当に分かったとは言えません。それぞれの言葉は、その裏にある人びとの営みからにじみ出てきたものであり、それを理解しなければ言葉も理解できないのです。自分たちの言葉を持ったままで分かり合えるようになったということは、私たちそれぞれが持っている異なった感性、考え方、輝きを失うことなく、しかもお互いに分かり合えるようになったということでしょう。それは、世代間の違いでも同じことです。それぞれの世代が持っている感性のすばらしさがあります。考え方が違うからといって、妥協したり、相手に自分を押しつけたりすることなく、それぞれのすばらしさを保ちながら、聖霊の恵みによってお互いに分かり合えるようになること、それこそが聖霊の恵みなのだと思います。

これは私たちにとって大きな「驚き」(12節)です。そんなことが本当にできるのだろうか、と思えます。しかし、私たちも一人ひとり、キリストの霊である聖霊を受けたのです。できないはずがありません。キリストの霊に満たされて、キリストと同じように、お互いがお互いのために、すべてを、しかも命までも捧げ尽くすならば…。私たちが、いただいた聖霊の恵みを実行に移せますように。

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