復活を信じて、喜ぶという種 復活節第2主日(ヨハネ20・19〜30)

最近では、「復活」という言葉を、キリスト者ではない人もよく使っています。例えば、「スランプから『復活』した」とか、「大病から『復活』した」とかいうような使い方をしています。しかし、それは、私たちが意味するところの【復活】とは全く違うものです。私たちが言う【復活】には、「信仰」が不可欠と言ってもいいでしょう。

きょうのみことばは、マグダラのマリアやペトロともう一人の弟子たちが、イエス様が葬られた「空の墓」を見に行った日の夕方の出来事です。弟子たちは、イエス様が「墓におられない」という事を聞き、ユダヤ人を恐れて一つの家に集まっていました。みことばには、「自分たちがいた場所の戸にはことごとく鍵をかけていた」とあります。この「ことごとく」という言葉の中には、ユダヤ人たちが弟子たちを捕らえるために来るという「恐れる心」が現れているようです。一方、祭司長や長老たちは、「『あの男の弟子たちが夜中にやって来て、われわれが寝ている間に、死体を盗んだ』と言え」と言って見張りの兵士たちにお金を与えています(マタイ28・13)。イエス様の【復活】は、祭司長や長老たちの間でも理解できない出来事であり、彼ら自身も「恐れ」があったのではないでしょうか。

イエス様は、弟子たちがユダヤ人たちを恐れことごとく鍵をかけていた所へ、現れになり、彼らの真ん中に立って「あなた方に平和があるように」と言われます。ユダヤ人たちの挨拶は、「シャローム(平和)」と言いますが、イエス様が弟子たちに言われた「あなた方に平和があるように」という言葉には、もっと深い、「ユダヤ人たちへの恐れの心」や「師であるイエス様を裏切って見捨ててしまった呵責」など様々な心からの癒しという意味を持っているのではないでしょうか。イエス様にとって、弟子たちの「恐れ」や「呵責」は、もう赦されたものなのです。たぶんイエス様は、「いつまでそのようなことで、恐れ、心を痛めているのですか。それよりもいま、あなた方に『平和』を与えますから。安心してください」と言われているのかもしれません。

弟子たちは、ようやく安心し、自分たちが本当に赦されたことを感じ、また、同時にイエス様が本当に【復活】されたことを信じます。みことばは、「弟子たちは主を見て喜んだ」とあります。この「見て」の中には、「心の目で観る」という意味も含まれているのではないでしょうか。イエス様の復活は、「信仰」によって初めて【信じる】ことができると言ってもいいでしょう。弟子たちは、ただ単に、復活されたイエス様と再会の喜びだけでなく、また、赦されたことの喜びと同時に、主が以前から言われていた【復活】を信じることができたことへの【喜び】もあるのかもしれません。

イエス様は、再び「あなた方に平和があるように」と言われた後、「聖霊を受けなさい。誰の罪であれ、あなた方が赦せば、その罪は赦され、あなた方が赦さないなら、赦されないまま残る」と言われます。弟子たちは、イエス様の【平和】に包まれ、【聖霊】を頂き、さらに「罪を赦す権能」を頂きます。私たちは、「主の祈り」の中で「わたしたちの罪をお赦しください。わたしたちも人を赦します」と唱えます。これは、弟子たちがたった今、イエス様から罪を赦され、「平和」を与えられた「喜び」に気づいたことと、重なるのではないでしょうか。イエス様は、彼らが「赦されることの喜びに気づき、平和な気持」の状態の時に「人をゆるす」ことを伝えられたのでしょう。私たちは、自分の心に「憎しみや怒り」の状態のままで、「人を赦す」ということは難しいものです。まず、私たちの心が「イエス様の平和」の状態であり、「赦された」という「喜び」を知って初めて「人を赦す」ことができるのではないでしょうか。

さて、トマスは、他の弟子たちがイエス様に出会った時には、いませんでした。それで、他の弟子たちの言葉を信じることができず、「わたしはその手に釘の跡を見、……決して信じない」と言います。そんな彼に対して、イエス様は、8日後に弟子たちがいるところに現れます。この時も彼らがいる家の戸にはみな鍵がかけられていましたが、ここでは、弟子たちの「恐れ」ではなく、前と同じ条件ということを表しているのかもしれません。イエス様は、「あなた方に平和があるように」と言われた後、トマスに「……信じない者ではなく、信じる者になりなさい」と言われます。

ペトロは、「あなた方は、イエスを見たことがありませんが、愛しています。今、見ていませんが、信じて、言い尽くせない輝かしい喜びに溢れています。それは、あなた方が、信仰の実りである魂の救いを手にしているからです。」と伝えています(1ペトロ1・8〜9)。このペトロの手紙は、今の私たちと同じではないでしょうか。私たちは、イエス様の【復活】を【信じて】洗礼の恵みを頂き、喜びに包まれ、その喜びを人々と分かち合い、伝えることができたらいいですね。

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