マタイ受難曲 受難の主日(マタイ27・11~54)

四旬節の間にヨハン・セバスチアン・バッハ作の「マタイ受難曲」を聴いてみるのもよいものです。私も1958年に録音され、CDとなっているカール・リヒター指揮、ミュンヘン・バッハ管弦楽団の演奏を久しぶりに聴いてみました。この曲はマタイ福音書26章1節から27章66節までが演奏され、歌われています。二部構成になっていて、第一部は29曲、第二部は39曲からなり、全部聴くと約3時間半かかる大作です。その中でもとても印象に残ったのは、マタ26・69~75で、「ペトロがイエスのことを知らない」と否認する場面です。ペトロはまず最初に一人の女中に、二番目に他の女中に、三番目にそこにいた人々に対して三度にわたり「そんな人は知らない」と言い張ります。すぐに鶏が鳴き、イエスの言葉を思い出しながら、最後は「外に出て、激しく泣いて」(マタ26・75)いきます。興味深いことに、ペトロが「そんな人は知らない」という否認の仕方がだんだんエスカレートし、最後は暗闇のどん底に落とされるような音の描写です。

こうした情景のあと、今日の朗読箇所、つまり「ピラトからの尋問」「死刑の判決」「兵士からの侮辱」「十字架につけられる場面」「イエスの死」「埋葬」「哀悼」へと続いていきます。演奏を聴いて「おや」と思ったのは、イエスが死を前にして叫ぶ「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか)」(27・46)です。とてもゆったりとしたペースで歌われ、イエス自身の苦悩の叫びとともに、やがて復活の栄光に達する希望のようなものが感じられます。不思議に思いますが、ゆったりとしたメロディーの中に込められた苦悩と栄光。この後、カトリック聖歌集171番の「いばらのかむり」がゆったりとした合唱で歌われます。

受難の朗読を通して、イエスの苦しみとともに、復活の喜びや栄光を合わせて考えてみたいものです。

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