聖ピオ5世教皇

4月30日に記念される聖ピオ5世教皇を取り上げることにしましょう。教皇ピオ5世は、歴史的には、スペインやヴェネチアなどと連合して、レパントの海戦でオスマン・トルコ帝国軍に大勝したことで有名ですが、教会の中ではむしろ、トレント公会議後の刷新実現に尽力したことのほうが重要と言えるでしょう。

教皇ピオ5世は、本名をアントニオ・ギスリエリと言います。1504年1月17日、北西イタリアのアレッサンドリア近郊であまり裕福ではない家庭に生まれました。14歳のときにドミニコ会に入会し、ミケーレという名前を受けて、1521年に修道誓願を宣立しました。その後、ボローニャで勉強し、1528年にジェノヴァで司祭に叙階されました。それから、パドヴァをはじめ、各地で哲学と神学を教えた後、修道院長を歴任しました。また裁判官に任じられたギスリエリは、プロテスタントの運動が起き、一方では教会内で政治・経済に絡むさまざまな問題が続き、彼自身の熱心さが多くの敵対を生む中で、それでも毅然としてこの務めを果たし続けました。ジャン・ピエトロ・カラファ枢機卿は、こうしたギスリエリの働きを認め、彼を重用しました。1555年にカラファ枢機卿が教皇パウロ4世(教皇在位1555~1559年)となってからは、ギスリエリは教皇庁裁判所長官として留まりながらも、1556年に司教に任命され、翌年には枢機卿に任じられました。

そして、トレント公会議が終わって間もない1566年、ギスリエリは教皇に選ばれました。ギスリエリは、前任者であり、トレント公会議を力強く導いたピオ4世(教皇在位1559~1565年)の思いを継続し、トレント公会議の決定を実行に移すとの決意のもと、ピオ5世を名乗りました。新しいカテキズムの発行、ミサ典礼書の改訂、ヴルガタ訳聖書訳文改訂のための委員会設置、省庁の改革・新設、司教の務め、特に自教区在留・教区内訪問の徹底、司祭養成の刷新、修道者の修道生活の徹底など、わずか5年間のうちに矢継ぎ早に公会議後の対応策を打ち出し、実施していきました。しかし、このような断固とした刷新の動きは、多くの人たちの抵抗をも生みました。1571年10月7日にレパントの海戦では、スペイン、ヴェネチアなどと連合して戦うことに成功しましたが、それを除くとピオ5世の進めた刷新運動はむしろヨーロッパ諸国の王たちの反発を招くことが多かったのです。それでも、ピオ5世がおこなった数々の刷新の働きが実を結んだのは、教皇自身が信仰者として、修道者として、牧者としての模範を示したからと言えるでしょう。

ピオ5世は、腎臓結石で長く苦しんだ後、1572年5月1日に亡くなります。その遺体は、現在、ローマの聖マリア大聖堂に葬られています。

さて、聖ピオ5世教皇を荘厳に記念するミサでは、ヨハネ福音書21・15-17が朗読されます。復活したイエスが弟子たちにお現れになり、ペトロに3度「わたしを愛しているか」と質問なさる場面です。このイエスとペトロのやりとりには興味深い点があります。

イエスは、ペトロに「わたしを愛しているか」と言われます。ペトロの愛がイエスに向かっているかどうかを問うておられるのです。ペトロも「わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と答えます。自分の愛がイエスに向かっていることを宣言するだけでなく、「自分の内面はイエスこそがご存じではないのですか」と訴えかけるのです。そこには、イエスとペトロの深いパーソナルな愛と信頼の関係が見てとれます。それ以外のものはまったく入り込むことのできないような深いかかわりです。だから、わたしたちは当然のように、ペトロの答えに対するイエスの言葉がこの2人だけの関係に向けられることを予測します。例えば、「わたしを愛し続けなさい」とか、「その愛をもっと深めなさい」とか、あるいは「あなたがわたしを愛する以上に、わたしはあなたを愛している」とかいった答えです。しかし、イエスの答えは、突然、この2人だけの関係から外へと向けられるのです。「わたしの小羊を飼いなさい」。

この答えは、細かな表現は変わっても、3度とも同じように繰り返されます。「わたしを愛しているなら、わたしの羊に仕え、その世話をするはずだ。当り前ではないか」。イエスはそのように言っておられるのでしょう。ペトロに対するイエスの愛と信頼、イエスに対するペトロの愛と信頼は、当然、イエスの羊・小羊であるほかの人々への愛と信頼になっていくのです。しかし、これは意外に難しいことです。イエスは神であり、あわれみ深い方であり、全能の方ですから、イエスに信頼し、イエスを愛するのは、ある意味で心地よくさえ感じられるかもしれません。しかし、イエスの羊は、人間であり、弱く、罪を犯し、しばしば自分に面倒をかけてくる存在ですから、彼らを信頼し、愛し続けるのは難しいのです。

知ってか知らずか、ペトロは自分の愛をイエスだけに向けておこうとします。それを見抜いたイエスは、ペトロを羊への愛に導こうとなさるのでしょう。それでも、ペトロはイエスだけを見つめようとします。3度やりとりがあったのですから、ペトロはイエスの招き、すなわち「わたしの羊を飼いなさい」という招きを繰り返し聞いているのです。しかし、ペトロは「羊の世話」という務めには、頑として触れません。イエスは、2度目以降の「わたしを愛しているか」との問いかけに対して、ペトロが「はい、主よ、わたしはあなたを愛しているので、あなたの羊の世話をします」と答えるのを待っておられたのではないでしょうか。しかし、ペトロはそこに目を向けようとはしないのです。だから、イエスは「わたしの羊を飼いなさい」と繰り返し言われるのです。

このことはペトロに固有の使命を超えて、イエスへの愛が常にイエスの羊への奉仕として表現されなければならないという神秘を表していると思います。わたしたちがほんとうにイエスを愛しているのなら、イエスの羊をも愛してやまないはずですし、彼らの救いのために苦労を惜しまないはずなのです。

教皇ピオ5世の生涯を見つめるとき、わたしには考えさせられることがあります。いったい、ピオ5世は自分ではどのような生涯を送りたいと望んでいたのだろうか、と。もしかすると、この聖人は、修道生活をとおしてイエスだけを愛し、イエスだけにすべてをささげる生涯を思い描いていたのかもしれません。しかし、イエスを愛する道として、神がピオ5世に用意してくださった生涯は、異端や世俗化する社会と向き合い、たとえ人々の反感を買ってでも、「イエスの羊」を救いへと導くというものでした。裁判官、司教、枢機卿、そして教皇となっていく中で、ピオ5世はこの愛の生き方を受け入れていったのでしょう。

わたしたちも、時として、教会でのさまざまな務め(=羊の世話)から逃げ出して、一人静かにイエスを愛する生活を送りたいと考える誘惑に陥ることがあります。そのとき、イエスはわたしたちに問いかけておられるのです。「わたしを愛しているか。それなら、わたしの羊の世話をしなさい」と。イエスを愛することとイエスの羊の世話をすることとを切り離すことはできないという神秘を、わたしたちも理解することができるよう、聖ピオ5世の取り次ぎを願いたいと思います。

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