聖マルコ福音記者

新約聖書の中には4つの福音書があります。その一つ、順番では2番目の福音書の作者とされているのが、今回取り上げる聖マルコです。聖マルコの祝日は4月25日です。

福音記者マルコは、一般的に使徒言行録に登場する「マルコと呼ばれていたヨハネ」(使徒言行録12・12ほか)と同一人物であると考えられています。この「マルコと呼ばれていたヨハネ」は、エルサレムのおそらく裕福な家庭で生まれ育ちました。彼の母マリアの家に「大勢の人が集まって祈っていた」(同)と記されているからです。彼は、エルサレムのための奉仕に来ていたパウロといとこのバルナバに連れられて、アンティオキアに赴きます(12・25)。そして、聖霊の導きにより、アンティオキア教会がパウロとバルナバを宣教へと派遣したとき、マルコも同行します。こうして、マルコは最初の福音宣教者の一人、しかも異邦人への宣教者の一人となったのです。ところが、マルコは途中で一行と別れてエルサレムに帰ってしまいます(13・13)。なぜなのか、理由は記されていません。この出来事はパウロとバルナバの関係にまで影響していきます。エルサレムの会議の後に、再び宣教に出発するときに、マルコを連れていくかどうかで二人の意見が対立するのです。このくだりの使徒言行録の記述はかなり激しいものです。「意見が激しく衝突し、彼らはついに別行動をとるようになって……」(15・39)。こうして、「バルナバはマルコを連れてキプロス島へ向かって船出し」、「パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて」、「シリア州やキリキア州を回」ることになります(15・39‐41)。パウロの一行については「兄弟たちから主の恵みにゆだねられて」出発したと記されているのに、バルナバとマルコについてはそれが記されていません。使徒言行録の記述は、これ以後、パウロの宣教に集中していきます。もはやバルナバとマルコが登場することはありません。

使徒言行録の記述がどうであるにせよ、パウロ自身はフィレモンへの手紙の中でマルコを「わたしの協力者たち」の一人として、しかもこの協力者たちの初めにマルコの名を記しています。また、パウロはこの協力者たちからのあいさつを伝えているので、マルコがパウロのもとにいることがうかがえます(フィレモン 24節)。使徒言行録の記す決別の後、二人が和解をしたのか、それとも何らかの理由で別々の地に宣教に行っただけで大きな対立はなかったのか、私たちには知るすべがありません。しかし、私たちに言えることは、マルコがパウロの協力者の一人として重要な役割を果たしていたということです。パウロは、コロサイの信徒への手紙の中でも「バルナバのいとこマルコ」のことを記しています(コロサイ4・10)。他の二人、アリスタルコ、ユストとともに、「割礼を受けた者(=ユダヤ人)では、この三人だけが神の国のために共に働く者であり、わたしにとって慰めとなった人々です」とまで記しているのです(4・11)

新約聖書の中では、ほかに二テモテ4・11で「マルコを連れて来てください。彼はわたしの務めをよく助けてくれるからです」と記されています。この手紙がパウロの手によるものではないとしても、パウロとマルコの深いつながりが教会の中で広く認められていたことを示しています。また、一ペトロ5・13では「わたしの子マルコ」と記されています。これも、ペトロが書いた手紙ではないとしても、ペトロとマルコの何らかの特別な関係を示唆していると言えましょう。

新約聖書から浮き彫りになるマルコの姿、それは使徒たちに深く結ばれた協力者として、初代教会の福音宣教に大きく貢献した人物の姿なのです。

さて、今回はマルコが書いたとされる福音書の中から、イエスの死の場面を取り上げることにしましょう(15・33‐41)。イエスは十字架上の苦しみの果てに息を引き取られます。すると神殿の垂れ幕が真っ二つに裂けます。イエスのほうを向いて、そばに立っていた百人隊長は「イエスがこのように息を引き取られたのを見て、『本当に、この人は神の子だった』と言」います(39節)。最後に、遠くから見守っていた婦人たちのこと、イエスとともにエルサレムに上って来ていた大勢の婦人たちのことが記されます。

記述されている出来事は、マタイ福音書やルカ福音書と大きく異なることはありません。しかし、百人隊長の言葉を中心にして、もう少し細かく見ていくと、マルコ福音書に固有のメッセージが明らかになってきます。

マタイ福音書では、「百人隊長や一緒に見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、『本当に、この人は神の子だった』と言った」とあります(マタイ27・54)。このように、マタイ福音書は百人隊長だけでなく多くの人々の言葉としてこれを記しています。しかも、この言葉は、地震や不思議な出来事から生じた恐れを表現したものです。

一方、ルカ福音書は、「百人隊長はこの出来事を見て、『本当に、この人は正しい人だった』と言って、神を賛美した。見物に集まっていた群衆も皆……」と述べています(ルカ23・47‐48)。ここでも「群衆」についての記述により、百人隊長の言葉は一般化されています。マタイ福音書と異なり、恐れから生じた言葉ではなく、神への賛美の言葉であったことが明記されていますが、その内容が「神の子」から「正しい人」という、より一般的な表現に変えられています。

マルコ福音書は、百人隊長だけに目が向けられます。しかも、彼は「イエスの方を向いて、そばに立っていた」と記されています(マルコ15・39)。そして、「イエスがこのように息を引き取られたのを見て、『本当に、この人は神の子だった』と言った」と続きます。「このように息を引き取られたのを見て」という表現は、神殿の垂れ幕が裂けた出来事を示唆しているとも読めますが、イエスが苦しみ、叫び、大声を出して死んでいった様子全体を指しているとも読めます。

そもそも、マルコ福音書では、イエス・キリストが神の子であるということが大きな中心テーマの一つとなっています。それは、マルコ福音書が「神の子イエス・キリストの福音の初め」(1・1)という言葉で始められていることにも表れています。しかし、マルコ福音書にとって問題なのは、どのような神の子であるかということです。人々は、イエスの奇跡やいやし、またその教えの中に大きな力を感じ取っていきます。おそらく、その頂点がペトロによる「あなたは、メシアです」(8・29)という信仰告白と言えるでしょう。しかし、イエスが十字架に向かい始めると、とたんに弟子たちは理解ができなくなります。そして、いざイエスが十字架につけられるとき、直前に「たとえ、ご一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」と「力を込めて言い張った」ペトロも、「同じように言った」他のすべての使徒たちも(14・31)、十字架のもとにとどまることができないのです。

十字架のもとに来ることもできなかった弟子たち、遠くから見守った女性たち、彼らと対比すると、「百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた」(15・39)という記述は大きな意味を持ってきます。しかも、この百人隊長が、イエスが栄光の姿ではなく、十字架の上で苦しみもだえ、叫びを上げ、苦しむしもべとして死んでいくのを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言うのです。皮肉なことですが、これがマルコ福音書の中で最もすばらしい信仰告白となっているのです(ペトロの信仰告白は「メシア」であり「神の子」ではありません)。イエスが神の子であるということを告白できたのは、しかも十字架のもとで、イエスが「このように」死んで行かれるのを見て、告白できたのは、弟子たちではなく異邦人の一人だったのです。

栄光の姿にある神の子を認めるのは難しいことではないかもしれません。しかし、マルコ福音書が述べているのは、この神の子は、苦しむしもべとして十字架の上で死んで行かれる方であるということなのです。だから、そこに神の子の姿を見て、信じる必要があるのです。弟子たちは、この後、空の墓で語られる天使たちの言葉をとおしてイエスの復活を体験することになります。しかし、復活のイエスを信じるとは、十字架につけられて苦しむ神の子イエスを信じるということなのです。弟子たちは、再び十字架へと立ち返り、十字架のイエスに向き合う必要があるのです。

私たちも弟子たちと同じで、十字架のもとにとどまって信仰を告白するのはたやすいことではありません。逃げ出してしまうことのほうが多いかもしれません。だからこそ、聖マルコはその福音書をとおして今も私たちに呼びかけているのです。十字架のもとに帰ってくるように、と。あの百人隊長のように、十字架上のイエスと向き合い、その姿の中に神の子の栄光を認めるように、と。

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