向こう岸に渡ろう

ある日の、差し迫った用事もなかった午後、小金井市にある病院に一人の司祭を見舞いに行こうと車で出かけました。すぐ近くの入り口から首都高速に入り、5分くらい走ったときのことです。車のメカニズムに関してほとんど無知の私は、最近、オートマティックではないその車のアクセルを踏むたびに聞こえる、少し高いエンジンの音に気づいてはいました。でも古い車だからマフラー(消音器)も古くなっているんだろう、と思い、その音がもう少しひどくなったら原因を調べてもらおうと思っていたのですが、何と、ひどくなったらという事態が、そのとき起こったのです。しかも少しどころではありませんでした。速度を上げようとしてアクセルを踏むと吹かす音だけは異常に聞こえるのですが、速度は上がるどころか、少しずつ下がっていきます。これはおかしいと思って50メートルほど先に見える待避所に車を入れようとしたのですが、緩やかな上り勾配のところでしたので速度は落ちるばかり。やっとのことで待避所の中に5分の4ほど入ったときに、車は完全に止まってしまいました。当然のことながら後続車は長蛇の列となり、車の後部の一部が高速道路にはみ出ていましたので、それを避けるために後続車がランプを点滅しながら徐行しなければならず、一時的ではありましたが、渋滞の原因となってしまいました。もうパニックです。

運よく、車が止まったすぐ横の壁に高速道路SOS(救急)の電話がありましたのでその取っ手を上げると、自動的に呼び出しの電話がかかり、“どうしましたか?”という声が聞こえました。“車が突然動かなくなってしまったんです!”と言うと、“今、高速道路のパトロールカーが行きますから、そのまま待っていてください”と言われ、少しホッとしたのですが、その直後でした。徐行ではありましたが、私の車を避けながら流れていた車の中の一台が、私の車のすぐ後ろに止まったのです。瞬間、私はこれが高速道路パトカーかと思ったのですが、その車から40歳くらいの男性の運転手が降りて来て、厳しい口調で、“どうしたんですか?”と言いました。“車が動かないんです”と言うと、“三角板を出さなきゃだめですよ! 後続車がぶつかったらどうするんですか”と言い、自分の車の中から発煙灯を出して路面に置き、そのまま行ってしまいました。その助手席に女性の人が座っていましたので、高速道路パトカーではなく一般の車だったのだと気づいたのは、その車がいなくなった後でした。今でも思い出すたびに不思議な気がします。

やがて黄色い高速道路パトカーが到着し、二人の人が降りて来て、車に乗ってハンドルを操作するように私に指示して車を安全地帯まで手で押してくれました。最初に電話したときには、パトカーが行くけれども、故障車を移動するためのレッカー車の手配は自分でするようにと言われていました。それでパトカーを待っている間に修道院に電話して、いろいろ準備をしていました。

ところがパトカーの人が、“レッカー車はどうしますか。私たちのほうで呼んであげましょうか?”と言いますので、“お願いします”と呼んでもらうことにしました。待つこと約30分。レッカー車が到着し、故障車は荷台に運び上げられ、1キロ先の料金所を出て一般道路でUターンし、30分後には修道院の近くの修理工場に着くことができました。

車を預けて修道院まで歩いて帰る道々、高速道路での車故障という初めての体験に、《まいったなあ!》と疲れを感じながらつぶやいていたのですが、落ち着いてから事の顛末を思い出すうちに、いろいろ不思議なことの連続だったということに気がつきました。

まずその日の車の使用が、特別な用事を果たすためのもの、つまり、誰かを待たせる必要のない日だったこと(病人見舞いは後日行った)。高速道路で車が故障して完全にストップしてしまった場所が、車体の一部が道路にはみ出てはいたが、待避所の中であったことと、そこにSOSの電話があったこと。パニックになっていた私の代わりに、見ず知らずの人が危険防止のための発煙灯を置いて行ってくれたこと。パトカーの人がレッカー車の手配をすべてしてくれたこと。パトカー、レッカー車が来る間、そしてレッカー車で近くの修理工場に行く間、全く渋滞に巻き込まれなかったこと(少しの間、私が渋滞を引き起こした原因になったことは認めつつ)。車の故障した時間帯が夜でなかったこと (深夜であったらレッカー車が来てくれたか。来てくれたとしても修理工場は閉まっていただろう) と晴天であったこと。私がしたことといえば、待避所にあったSOSの送話器を取り上げて故障を知らせ、助けを待っていたことだけでした。それら一連のことを思い出したとき、《ああ、こういうことだったのか》とさらに数日前のことを思い出しました。

それはある修道院でささげたミサの福音についての説教でした。その日の福音は次の箇所でした。

「その日の夕方になって、イエスは、『向こう岸に渡ろう』と弟子たちに言われた。そこで、弟子たちは群衆を後に残し、イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した。ほかの舟も一緒であった。激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった。しかし、イエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、『先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか』と言った。イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、『黙れ。静まれ』と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。イエスは言われた。『なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。』弟子たちは非常に恐れて、『いったい、この方はどなたなのだろう。風や湖さえも従うではないか』と互いに言った。」(マルコ4・35~41)

その日の福音の短い説教のポイントは、最初の1行、「向こう岸に渡ろう」というイエス様の言葉でした。説教の内容はさておき、イエス様のこの言葉を、「いつも私たち一人ひとりに言われる言葉として受け止めたらどうでしょうか」と皆さんに申し上げたのですが、自分で言ったその言葉が不思議と私自身の心に深く、そしてはっきりと残ったのです。そのとき以来、朝起きてすぐに、また日中であっても、夕方になってからでも、“向こう岸に渡ろう”というイエス様の言葉を思い出し、同時に“何かが起きるかもしれないけれど、大丈夫だよ。私が一緒にいるから。何か起きても私は艫(とも)の方で枕をして眠っているから、あなたもそうしなさい。大丈夫、舟は必ず向こう岸に着くから”とおっしゃってくださっているような気がしていたのです。

その日の朝も、“向こう岸に渡ろう”というイエス様のお誘いに応えて舟に乗ったつもりでした。何かが起きても慌てるなよ、と自分に言い聞かせていたつもりでした。それでも《えーっ!》という思いにとらわれてパニックになったのは事実でしたが、思い返してみると、事はほとんどすべて私以外の手で運ばれたのです。“こういうことだよ”とイエス様に言われたような気がしています。いつも何か起きたときに、自分の力で解決しようとして慌てふためくのではなく、イエス様がどうにかしてくださる、イエス様がなさったように、私も枕をして眠っていればいいんだ、ということと、私が出合う日々のすべての出来事に対して快く応じていくことが、ほかの人々を「向こう岸」に連れて行くイエス様の手伝いをすることなのだ、ということを実体験でもって学ばせていただきました。

“向こう岸に渡ろう”
イエス様のお誘いが、きょうも耳元で聞こえてきます。

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