聖ヨハネ・ア・デオ修道者

聖ヨハネ・ア・デオの典礼暦上の記念日は、その帰天の日にあたる3月8日です。ヨハネは、1495年にポルトガルのモンテモロ・ノーヴォで生まれました。そして、10代のときに誘拐され──その理由や経緯はよく分かっていませんが──、スペインのオロペサに連れて来られました。ヨハネは、そこで羊飼いとして働くと同時に、ある程度の基礎教育を受けたようです。数年後、彼はスペイン軍に志願してフランスとの戦争に従軍しましたが、戦利品の監視を任されていながらこれを怠ったため、絞首刑の判決を受けます。このときは、ある将校の仲裁により赦免され、オロペサに戻りますが、9年後に再び軍隊に入り、ウィーンの戦線へと赴きます。それから、モロッコに渡って要塞の建築工事労働者として働いたり、スペインに戻って書籍を売り歩いたりした後、グラナダに小さな店を構えました。

1539年1月のこと、このグラナダでヨハネは、アヴィラのヨハネ(後に列聖されます)の説教を聞きます。その説教に強く心を揺さぶられたヨハネ・ア・デオは、大声で神の憐れみを叫び求めながらそこを立ち去り、商品として自分の店に置いておいた書物、特に宗教書を人々に無料で配り始めます。そして、来ていた服を人に与えたり、裸足で往来を歩いたり、悔い改めのために自分を傷めつけたりといった行動をとるようになります。このため、ヨハネは、精神がおかしくなった者として強制的に入院させられました。

アヴィラのヨハネの説教を聞いてから入院生活に至るまでのこの時期は、ヨハネ・ア・デオの生涯にとって決定的な転機となりました。退院した後、彼はグァダルーペの聖母への巡礼をおこない、アヴィラのヨハネの導きを受けてから、これからの生涯を見捨てられた貧者や病者のためにささげる決意をするのです。貴族の建物の一角を借りて、彼らを受け入れる場所とし、自分は大きなかごと2つの鍋を手に、施しを求めて歩き回るようになります。ヨハネは、何度か場所を変えながら、彼らの保護や治療をおこなう施設を整備していくのです。いつしか、ヨハネは社会的に疎外された人々の「拠点」となっていきました。ヨハネは、このころから、グラナダの司教の助言にしたがって、「神からの」を意味する「ア・デオ」という呼称をみずからの名前に加えるようになり、また弱者への奉仕に身をささげる者を特徴づける服を身に着けるようになりました。

その後、1546年には、2人の同志がヨハネの働きに加わり、仲間は徐々に増加していきます。また、その奉仕の対象も病者だけにとどまらず、見捨てられた子どもや女性にも及んでいきました。ヨハネは、病院・避難所の「質」の改善にも尽力しました。清潔さや各々の必要に即した介護、精神的・霊的サポートなどにも、ヨハネは配慮したのです。

ヨハネは、1550年3月8日に亡くなります。ヨハネ自身は、「修道会」を設立したわけでも、会則を記したわけでもありませんでしたが、彼はその生き方の模範をもって仲間や弟子たちを教え導きました。こうして、ヨハネの弟子たちは彼の死後も増え続け、グラナダをモデルとした病院・避難所も次々に設立されました。それは、スペインやイタリアだけにとどまらず、当時の「新世界」、すなわちアメリカ大陸やフィリピンにも広がっていきました。こうして、ヨハネ・ア・デオの始めた活動は、1586年、「聖ヨハネ病院修道会」として教皇の承認を受けるまでに成長していくのです。

聖ヨハネ・ア・デオ修道者を荘厳に祝うミサでは、マタイ25・31-40が朗読されます。終わりのときの裁きの様子について記すこの個所の中で読者の注意を引くのは、「王」がみずからの状況として物語るさまざまな困難の描写であると言えるでしょう。「お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれた」(25・35-36)。要約して言えば、「お前たちは、わたしが困難な状況にあったときに助けてくれた」ということなのですが、マタイ福音書は6とおりにもわたる具体的な描写をすることによって、読者の心にそれを強く刻みつけることを意図しているようです。

この具体的な描写は、王に対する答えの中でも繰り返されます。「いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか」(25・37-39)。ここでも、「いつわたしたちは、そのようなことをしたのでしょうか」と言えば済むことなのですが、具体的な表現が繰り返されています。31-40節のわずか10節のうち、マタイ福音書はおよそ半分の5節をこれらの表現に割いています。

それだけではありません。この個所は、実際には46節まで続いているのですが、41-46節の中でも同じような具体的な描写が2回繰り返されているのです(25・42-43、44)。

そもそも、「王」がこのような表現をみずからの状態を描写するのに用いているということ自体が、読者に強い違和感を与えていると言えます。はたして、王が食べるものがなくて「飢える」ことがあるでしょうか。「のどが渇いて」困ることがあるでしょうか。「旅をする」ときに「宿がない」ことがあるでしょうか。着る服がなくて「裸でいる」ことがあるでしょうか。見舞ってくれる人もなくひとり「病床や牢」に寂しくとどまることがあるでしょうか。どれも通常ではありえないことです。正しい人たちの王に対する答えには、そのような状態にある王を助けた覚えがないという事実が示されているのでしょうが、それだけではなく、そのような状態にある王を見た覚えがないということ、さらには王がそのような状態に置かれることなど考えられないという驚きが含まれているのでしょう。

こうした驚きに対して、王は荘厳な宣言をもって答えます。「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(25・40)。読者の心に刻みつけられた、これらの困難な状況に置かれていたのは、王ではなく、「最も小さい者」だったのです。しかし、王は彼らを「わたしの兄弟」と呼びます。そして、彼らにしたことは自分にしたことであり、だから彼らの状況は「わたしの状況」なのだと宣言するのです。

この王は、冒頭で「人の子」と呼ばれ、また「栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く」と言われています(25・31)。福音書の用語にしたがえば、これはイエス・キリストのことです。では、イエスはどうして困難な状況に置かれた人々を「わたしの兄弟」と呼び、彼らの置かれた状況をみずからのものとされるのでしょうか。

神は、人々の困難な状況を見て、憐れに思われる方です。イエスは、この神の姿を体現なさいます(例えばマタイ9・36「〔イエスは〕群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた」)。「憐れに思う」とは、相手の痛みを自分の痛みとして感じてしまうがために放っておくことができず、相手のためにありとあらゆることをしないではいられないという意味です。神は、人間のこのような状況を見て、それをみずからのものとして受け止めないではいられない方であり、だから彼らのためにすべてをおこなう方なのです。イスラエルの民は、エジプトからの解放の出来事をとおして、この神のあり方と憐れみを体験しました。そして、自分たちに向けられたこの神の憐れみに突き動かされて、同じように行動するよう促されていることに気づきました。安息日に関する規定は、次のように理由づけられています。「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。……あなたはかつてエジプトの国で奴隷であったが、あなたの神、主が力ある御手と御腕を伸ばしてあなたを導き出されたことを思い起こさねばならない。そのために、あなたの神、主は安息日を守るよう命じられたのである」(申命記5・6、15)。

福音書が求めるわたしたちと小さい人々との関係は、単に人間同士の関係という視点からは理解することができません。その土台には、神のわたしたちに対するかかわり(わたしたちも神に憐れみを注がれた者であること)と、神の小さい人々に対するかかわり(神は、困難な「わたしの兄弟」に憐れみを注がずにはいられない方であるということ)があるのです。ヨハネ・ア・デオも、ひどい状況にある自分が、それこそ叫ばずにはいられないほど、神の憐れみに満たされていることに気づいたとき、社会の中でひどい状況に置かれた人々にまっすぐに向かって行きました。わたしたちも、神がわたしたちと結んでくださるかかわりの中で、人々とのかかわりを見つめるよう招かれているのです。

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