神の無償の愛 年間第7主日(マタイ5・38~48)

「目には目を、歯には歯を」といいう言葉を、出21・24、申19・21、レビ24・20などに見出すことができます。これは古代オリエントの「ハムラビ法典」の中にも見出され、それだけ古い掟です。なぜこうした掟が登場したのでしょうか。「同害復讐」の規定は、被害者か加害者に対して憎しみのあまり、過剰な報復に走ることを抑止するもの(創世記4・23~24)で、損害と罰を等しくすることによって、加害者の償いの実を示すとともに、被害者の感情をさだめ、こうして相互に悪に陥ることを避け得ると信じられていました(『新共同訳 新約聖書注解』Ⅰ参照)。これはイスラエルに限らず、古代社会でも基本的なルールと言われ、江戸時代の「あだ討ち」に似たものを感じます。慣例化していた「目には目を、歯には歯を」に対して、イエスは「復讐することを否定」しています。具体的には「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」と。

またイエスは「下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい」と語ります。普通、下着を取るためには上着を取らないとそれはできません。ここで「上着を取らせる」とは、寛大な心を持つことです。すなわち心の広さ…。与えられたものに感謝し、小さなことにこだわらない姿勢が見えてきます。

また「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」と言います。人間の狭い気持ちだと、善人には太陽を昇らせ、悪人には太陽を昇らせないで、むしろ闇の世界へと…。また雨が少ないパレスチナの事情で考えるなら、正しい人には雨をもたらし、正しくない人には干ばつをもたらすと考えてしまうかもしれません。しかし、イエスはどんな人にも均等に恵みを与えてくださる心があります。これはまさに「神の無償の愛」から来るものです。

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