地の塩、世の光 年間第5主日(マタイ5・13~16)

塩と光にはどんな意味が込められているのでしょうか。「塩」は調味や防腐に用いられ、人間の生活のために重要です。私のような高血圧の者に塩分は禁物ですが、食べ物に塩がないと、何とも素っ気無いものです。塩が食べ物の中に浸透すると、塩は目に見えませんが、とても味わい深いものとなります。また冷蔵庫がない時代には、塩は食物を保存するのに重宝されました。例えば、桜餅を食べる際、塩漬けにして保存された桜の花を使ったりします。きれいな色合いで保存された桜の花を餅の上に載せ、一緒に食べるととても風味があります。更には、お相撲さんが土俵に上がり、仕切りの前に何回か塩を蒔いたりします。塩には清めの意味もあるのでしょう。このように、塩は私たちの生活の種々の場面で不可欠なものです。

今日のみことばで「塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう」(マタ5・13)と語ります。「塩気がなくなる」はギリシア語で「モランテー」が使われ、「愚かになる」「馬鹿になる」という意味が込められています。塩が持っている本来の味を失ってしまえば、どうしようもないですね。

一方、「光」についてはどうでしょうか。イエスはヨハネ福音書の中で「わたしは世の光である」(ヨハ8・12)と語ります。光もまた、私たちの生活に不可欠です。6年前の9月、郷里の兄がキャベツの苗を分けてくれ、修道院の庭に植えてみました。11月下旬には、兄たちはすでに大きなキャベツを収穫したとのことですが、私が植えたものはまだ半分くらいの大きさでした。兄に「どうして成長が遅いのかね」と尋ねたら、「光が足りないからだ」と。なるほど、いくら肥料をしっかりやっても光がある程度ないと十分に育たないのだと、今さらながら分かりました。その意味でも、光はとても重要です。

「あなたがたは地の塩」「世の光」と語るイエス。私たち一人ひとりを「塩」「光」として大切にされるイエスのことばが身にしみてきます。

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