四旬節第一主日

典礼暦の中には、通常の期間(年間主日・週日)のほかに、特別な季節が置かれています。年間主日・週日が、イエスの神秘全体を祝うのに対して、ある主要な神秘に集中するのがこれらの季節の特徴です。季節には、主の到来を待ち望む「待降節」、主が人となられたことを祝う「降誕節」、犠牲や回心、洗礼の準備に向けられた「四旬節」、主の復活を祝う「復活節」の4つがあります。それぞれの季節には、全体としての固有の意味がありますが、季節の中でも主日ごとに特定の意味が振り分けられている場合があります。たとえば、四旬節第一主日は、イエスが荒れ野で誘惑を受けられたことを記念しますし、四旬節第二主日はイエスが山の上で姿を変え、ご自分の栄光を弟子たちにお示しになったことを記念します。こうした主日の意味は、それぞれの季節の全体的メッセージの中で読み取っていく必要があります。今回は、四旬節第一主日を見ることにしましょう。

四旬節第一主日には、イエスが荒れ野で誘惑を受けられた個所が読まれます。A年はマタイ福音書4・1-14、B年はマルコ福音書1・12-15、C年はルカ福音書4・1-13です。それぞれの福音書には視点の違いも見られます。今年はB年ですので、マルコ福音書1・12-15を取り上げることにします。マルコ福音書は、マタイ福音書、ルカ福音書と異なり、悪魔とイエスとのやりとりを記していません。実に簡潔な記述です。それだけに、イエスの荒れ野での生活の意味を直接的に示しています。

荒れ野での生活は、ヨハネから洗礼を受けた記述の直後に置かれています(1・12「ただちに」)。洗礼の出来事は、それ自体に中心が置かれていると言うよりは、むしろ、「天が開け、霊が鳩のようにご自分の上に降って来る」ことと「天から声がした」ことを引き起こす出来事として描かれています。つまり、イエスが使命を果たすにあたって、神の霊を受け、イエスが神の子であることが父である神の言葉によって宣言された後、ただちにイエスの荒れ野での生活が記されていることになります。これは、荒れ野での生活がイエスの使命の最初の行為であった、あるいはこの使命を直接に準備する必要不可欠な行為であったことを示しています。実際に、マルコ福音書は、「霊はただちにイエスを荒れ野に追いやった」(1・12)と述べ、それが霊のはたらきであったこと、すなわち神の計画に基づくものであったことを記しています。では、荒れ野での生活にいったいどのような意味が秘められているのでしょうか。

「荒れ野」とは、一般的に「砂漠」と訳される土地のことです。荒れ野や砂漠とは無縁の気候風土に生活するわたしたち日本人には、荒れ野での生活は頭で想像できても、実感はしにくいのが実情でしょう。砂漠には、まず飲み水がありません。日中は焼けるように暑いのに、夜になると急激に冷え込みます。砂地のために移動も困難なうえに、目標物がなく、砂の地形は刻々と変化していくため、方向感覚が失われていきます。それは、生き者が生活を営むことを許さない過酷な環境なのです。イエスは、霊によって、この荒れ野に押しやられ、「四十日の間そこに留まり、サタンによって試みられ、野獣とともにおられたが、み使いたちがイエスに仕えてい」(1・13)ました。

「四十日の間」という期間は、出エジプトの後、イスラエルが荒れ野をさまよった40年間を想起させます。元来は、約束の地に入る前の40年間の荒れ野での生活は、民の不信仰に対する罰として理解されました(13・1~14・38)。イスラエルの民は、約束の地に至る町に住んでいた人々の強大さに恐れを抱き、主の命令に反して彼らと戦うことを拒みました。そこで、彼らは罰として約束の地に入ることができずに荒れ野で死ぬことになりました。「四十年間、お前たちは自分の背きの罪を負う。……彼らはこの荒れ野で死に絶える」(民数記14・34-35)。ところが、イスラエルの民がカナンの地に入り、町での安定した生活におぼれ、異教の神であるバアルの儀式に参加するようになると、この荒れ野での40年間の放浪の意味は別の意味を持つようになります。荒れ野は何もないだけに、富や快楽、異教の神々といった誘惑もなかった純粋な場所、イスラエルの民が主と親しく、しかも主とだけ結ばれていた期間と理解されるようになるのです(「荒れ野」という言葉自体のネガティブな語感は保たれましたが)。「わたしは彼女(=イスラエル)を誘い、荒れ野に導いてその心に語る。わたしはその地でぶどう畑を彼女に再び与え、アコルの谷を希望の門として与える。彼女はその地で若い時のように、エジプトの地から上ってきた時のように、答えるであろう」(ホセア2・16-17)。

その一方で、イエスは荒れ野で「サタンによって試みられ」(マルコ1・13)ました。たしかに、荒れ野は試みの場、誘惑の場です。荒れ野をさまようイスラエルの谷は、すべてに不自由する生活の中で、飲み物がないと不満を言い、食べ物がないと不満を言い、そのたびにエジプトでの生活が魅力的なものであったと感じ、主に従うようりも、エジプトに帰ることを望んでしまいました(出エジプト15・22~17・7、民数記11・1-35など)。荒れ野は、何もない過酷な地でも主がともにおられることと、主を離れてすべてに満たされた場所に行くことのどちらを選ぶかという問いを突きつけているのです。

「〔イエスは荒れ野で〕野獣とともにおられた」(マルコ1・13)という表現も、特別な意味を持っているように思われます。この表現は、危険な野獣がイエスの近くにいたものの、み使いたちがイエスに仕えていたので、野獣がイエスを襲うことはなかったという意味にとることもできます。しかし、人間が野獣とともに生活するようになること、すべての生き物が互いに殺し合うのではなく平和に共存できるようになることは、終末の救いの実現を表す表現でもありました。「狼は子羊とともに宿り、豹は子山羊とともに伏し、子牛は若獅子とともに育ち、小さな子供がそれらを導く。牛は熊とともに草をはみ、その子らはともに伏し、獅子は牛のように藁を食べる。乳飲み子は毒蛇の穴に戯れ、乳離れした子は蝮の巣に手を伸ばす。わたしの聖なる山のどこにも、害を加えるもの、滅ぼすものはいない」(イザヤ11・6-9)。イエスの荒れ野での生活は、すでに救いが実現し始めていることを示しているのでしょうか。創世記の記述と比較してみると、この視点はより明確になります。創世記1・30では、創造の時点で、動物が生きていくための食べ物として「青草」が与えられたこと、また人間の食べ物として「全地の種のあるすべての草と、種のある実を結ぶすべての木」が与えられたことが記されています。動物には草が、人間には草(野菜)と果物が食べ物として与えられたということですが、要するに、神の創造の計画によれば、生き物が生きていくために他者の命(肉)を食べることは考えられていなかったのです。しかし、人間は誘惑に負けて、神の言葉に従うよりも、「食べるに適し、目を引きつけ、賢くなるには望ましいと思われた」(創世記3・6)実を食べることを選び取ってしまいます。その結果、本来は人間の「助け手」として創造された動物たち(2・18-20)は、人間の敵となり、ついには人間が生きていくために命ある動物の肉を食べることも認められるのです(9・3)。誘惑に負けた罪の結果として生き物の平和に亀裂が入り、互いに敵対し合うものとなってしまった世界に、今やイエスの荒れ野における誘惑との戦いによって再び平和が与えられたのです。

マルコによる福音書は、イエスが神の子であるという神秘を、十字架刑に処せられて殺されることの中に理解しています。「神の子イエス・キリストの福音の始まり」(マルコ1・1)。「イエスの近く、その正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て言った、『まことに、この方は神の子であった』」(15・39)。十字架上の死の中に実現した神の子の神秘は、すでに荒れ野の中で示唆されていたと受け取ることができるのです。

荒れ野は、人間が生きていくうえで心地よい場所ではないでしょう。しかしそれは、不足、困窮、苦しみの中で誘惑に負けることなく、主である神こそが救いを成しとげてくださることに気づくことのできる場でもあります。そして、イエスが霊によって荒れ野に追いやられたのなら、今も救いのために神はわたしたちを荒れ野に導こうとしておられるはずなのです。わたしたちが、この荒れ野から逃げることなく、イエスの力を信じて、みずから荒れ野に向き合うことができるように、その中で真に価値あるものに気づき、その視点から生活のすべてを見つめ直すことができるように、四旬節の恵みを願うことにしましょう。

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